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RZEWSKI/Piano Music
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Robert Satterlee(Pf)
NAXOS/8.559760




ジェフスキといえば、なんと言っても1975年に作られたピアノ曲、「不屈の民変奏曲」が有名ですね。もちろん、ジェフスキの作品はこれだけではありません。しかし、「不屈の民以外」の作品は意外と聴く機会はありません。2002年にNONESUCHからリリースされた7枚組の自作自演盤あたりが目に付くぐらいでしょうか。

そんな、待望の「不屈以外」のアルバムは、実は2007年に録音されていたのに、今頃リリースされたものです。ですから、その当時の最新作、2005年にここで演奏しているピアニスト、ロバート・サットリーのために作られた「Second Hand, or Alone at Last」が入っているのが目玉でしょう。これはもちろんNONESUCH盤には間に合いませんでしたし、何のクレジットもありませんが、これが世界初録音になるのではないでしょうか。この作品、サブタイトルとして「左手のための6つのノヴェレッティ」とあるように、左手だけで演奏するように書かれています。なんでも、これを作った時には作曲者は右手の調子が悪く、それならいっそのこと左手だけで作ってしまおうと思ったのだそうです。
ですから、タイトルの「Second Hand」というのは、表面的には今まで「二番手」に甘んじていた「左手」を主役にしたという意味が込められているのでしょうが、出来上がった曲を聴いてみると、どうやらこれは「中古品」という意味の「Secondhand」をもじっているのではないか、という気がしてきます。1曲目や4曲目を覆い尽くしている「12音」の響きには、もはやこの作曲技法が「中古品」でしかなくなってしまったという、ある意味自虐的な思いが込められているようには感じられないでしょうか。同じ意味で、2曲目のバルトークや3曲目のリゲティも、すでに「中古品」なのだ、と。
残りの2つの作品は、NONESUCH盤にも収録されていますので、比較しならが聴くこともできます。1989年に高橋アキのために作り、1999年に改訂を行ったという「Fantasia」は、そんな比較をしていたら全く別の曲のように聴こえてしまい、途方に暮れてしまいました。演奏時間も、サットリーはジェフスキの半分しかありません。そこで楽譜を見てみると、作曲者は頭から楽譜に書かれていない音楽を、即興で延々と演奏していました。これでは別の曲に聴こえるのは当たり前です。曲の途中でも、指定されたカデンツァ以外にもう一つアド・リブを入れていますし。まあ、そもそも「ファンタジー」というのは即興演奏のことですから、真面目に楽譜通りに弾いているサットリーに分はありません。
アルバムの中で一番長い作品「De Profundis」では、全ての音がきちんと楽譜に書かれています。このタイトルは有名な「深き淵より」という詩編130のものですが、これもそのまま受け取るとひどい目に遭います。ここでは、ピアニストは演奏すると同時に歌(というかラップ)を歌ったり声を上げたりと「弾き語り」を行っています。その時のテキストが、オスカー・ワイルドの同名の書簡集から取られているのです。しかしこれは詩篇とはなんの関係もない、ワイルドが、服役中に刑務所から「恋人」のアルフレッド・ダグラス卿に出した手紙を集めたもので、日本では定訳として「獄中記」というタイトルが一般化しています。ですから、この曲のタイトルを訳す時でもただ「深き淵より」ではそのあたりのニュアンスがすっ飛んでしまいます。
これはもう、ピアニストの圧倒的なパフォーマンスに酔いしれるしかありません。なんせ、ピアノの鍵盤の蓋を閉めて、それをたたきながら叫ぶ、などということもやらなければいけませんからね。まるで、P.D.Q.バッハのピーター・シックリーのような暴れよう、これも楽譜に指定されている口笛が吹けないサットリーが、あえなくジェフスキの軍門に下ることになります。なお、ジェフスキの楽譜は、ほとんどがネットからダウンロードできますが、この楽譜には13ページと14ページが入れ替わっているという乱丁があります。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2014-07-19 20:35 | 現代音楽 | Comments(0)