おやぢの部屋2
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LARSSON/Orchestral Works Vol. 1
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Andrew Manze/
Helsingborg Symphony Orchestra
CPO/777 671-2(hybrid SACD)




もうすっかり指揮者業が板に付いたアンドルー・マンゼですが、ヘルシンボリ交響楽団の首席指揮者と芸術監督という2006年からのポストは今年の夏で終わり、2014/15年のシーズンからはハノーファーの北ドイツ放送フィル(かつて大植英次が首席指揮者を務めていたオーケストラ)の首席指揮者に就任するのだそうです。でも、10年近くのこのスウェーデンでの活動の中で、ベートーヴェンの「エロイカ」や、ブラームスの交響曲全集などを録音して、このオーケストラの知名度を飛躍的に向上させた功績は、称賛に値することでしょう。さらに、おそらくその「置き土産」として、彼はこんなアルバムまで作ってくれていました。この「第1集」を録音したのが2011年ですから、もしかしたらこの決して録音に恵まれているとは言い難いラーシュ=エーリク・ラーションの「オーケストラ作品全集」をすでに完成していて、残りもこれからリリースされるのかもしれませんね。
このアルバムには、1908年に生まれて1986年に亡くなったスウェーデンの作曲家ラーションの、1927年から1967年までという、かなり幅広い年代の作品が収められています。まず、その最も若い頃、1927年から28年にかけて作られた「交響曲第1番」です(彼は全部で3つの交響曲を作っています)。
この曲は、4つの楽章から成る極めて古典的なフォルムを持っています。音楽的にも、第1楽章あたりは殆どソナタ形式と言っていいような、2つの主題が登場する構成になっているようですし。そして、その作風は何の屈託もないロマン派の延長そのものでした。そこに、「初期のシベリウスやニルセンのような音楽」をほんの少し加えたという感じでしょうか。しかし、その北欧の2大作曲家のような、ちょっと屈折したテイストではなく、強いて言うなら、その前の世代であるグリーグあたりの音楽と、多くの共通点が見られるような気がします。テーマはどこまでもキャッチー、その展開も決して予想を裏切らないものです。第3楽章のスケルツォなどは、確かにシベリウス的ですが、あちらをよりシンプルにしたような音楽です。
次の時期、1937年頃に作られたシェークスピアの「冬物語」のための劇音楽のなかから4つの曲を選んで組曲とした「4つのヴィネット」も、まさに「劇伴」ならではの親しみやすさがあふれています。とてもセンスの良いフルート・ソロがあちこちにちりばめられ、それはまるでハワード・ブレイクが作った、こちらはアニメのための音楽「スノーマン」あたりのテイストと非常によく似たものが感じられます。2曲目の「インテルメッツォ」は5拍子という変拍子ですが、実に軽やか、あたかもルロイ・アンダーソンのような趣ですし、4曲目の「エピローグ」などからは、それこそグリーグの「ソルヴェーグの歌」を思い起こさせられるかもしれません。
ところが、それからさらに下った1949年の「オーケストラのための音楽」という、マルメのコンサートホール財団の25周年記念に委嘱された3曲から成る作品は、全く異なる様相を見せています。それは、「12音」や「音列」を使ったことがありありと分かるもの、そこからは、当時の「新しい」技法に、なんとか可能性を見出したいと悩んでいる作曲家の姿が、生々しく感じられるほどです。2曲目に現れる弦楽器だけのピュアなパッセージなどは、とても美しく響くものの、なぜかそれは彼が否定する対象のような扱いを受けているようには聴こえないでしょうか。
それが、1967年の、おそらくラーションの作品では最も演奏頻度の高い「抒情的幻想曲」になると、彼本来のロマンティシズムが、無調を体験したことによってより深みのある輝きを放っていることに気づかされます。香りも放っています(それは「ローション」)。
そんな「幸せ」な結末を迎えることが出来た作曲家の軌跡を、マンゼのチームは澄み切ったサウンドで、明らかにしてくれています。

SACD Artwork © Classic Produktion Osnabrück
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by jurassic_oyaji | 2014-07-21 20:31 | オーケストラ | Comments(0)