おやぢの部屋2
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TATUM/Improvisations





Steven Mayer(Pf)
NAXOS/8.559130



私たちに様々な幸せ感を届けてくれる楽器の音色、しかし、その楽器を演奏しているのは生身の人間ですから、他人に感動を与えられるほどの演奏を成し遂げるためには絶え間ない修練が必要とされます。華麗な超絶技巧の裏には、幼少の頃からの長い時間をかけたつらい努力という、他人が知ることはない苦しみが隠されているものなのでしょう。そして、一流の演奏家であり続けるために欠かすことが出来ないのは日々の練習の積み重ね、それを怠れば、たとえホロヴィッツほどのヴィルトゥオーゾでも、「ひびの入った骨董品(吉田秀和)」と揶揄されてしまうのです。
そのホロヴィッツが、まだバリバリの現役だった1940年代、顔を知られないように目深に帽子をかぶって「変装」し、お忍びでニューヨークのとあるジャズクラブに出かけたことがありました。そこでは、一人の黒人がピアノを演奏していたのですが、それを聴くなり、ホロヴィッツはこうつぶやいたといいます。「私は、自分の目と耳が信じられない」。そのピアニストの名はアート・テイタム、1930年代から1950年代にかけて活躍した(1956年に、46歳という若さで亡くなっています)ジャズピアニストです。あの超絶技巧を以て知られるホロヴィッツをも驚嘆させたというそのテクニックは、しかし、血のにじむような訓練で身につけたものではなく、殆ど天才的に備わっていた能力であった、というのがすごいところです。そして、その奏法も、クラシックとは無縁のところからスタートしています。それは「ハーレム・ストライド」と呼ばれる左手の奏法。「ラグタイム」のようなシンプルな伴奏に起源を持つこのベースとコードの奏法は、ハーレムのジャズマンの間で脈々と受け継がれ、ファッツ・ウォラーを経て、テイタムで驚異的な完成度を獲得します。強拍でベース、弱拍でコードを演奏するのですが、そのベースがすでに10度、つまりオクターブ+3度となっていて、コードまで担っているのが、すごいところ、もちろん左手だけで2オクターブ近い跳躍を目にもとまらぬ早さで繰り返すのです。そして右手が紡ぎ出すパッセージのすごいこと。まるで、時間軸を全て埋め尽くしたような細かい音符の連続、しかも、それらは1音1音確かな主張を持って鳴り響いているのですから。
そんなテイタムの名人芸、もちろん録音もありますが、その録音から採譜した楽譜というものも存在しています。つまり、別にジャズの修練などしたことのないピアニストでも、きちんと楽譜を再現できるだけの能力があれば、テイタムと同じ「音」を出すことが出来るというものです。おそらくそれを自分で作って、それを演奏、CDを作ってしまったのが、このスティーヴン・メイヤーというクラシックのピアニストです。こうして、最新のデジタル録音で「蘇った」テイタムのソロの数々を聴いてみると、その華麗なテクニックには圧倒される思いです。それだけでなく、アレンジの面でも新鮮なアイディアがあちこちで発見されて、驚かされます。ジャズのスタンダードに混じって、ドヴォルジャークの「ユモレスク」なども収録されているので、それは我々でもよく分かるのですが、原曲の良さを生かしつつ、ユーモラスな一面も持つこのアレンジは、ちょっとクラシックのセンスからは出てこない素晴らしいものです。
もちろん、このメイヤーの演奏が「ジャズ」とは全く無縁のものであることは言うまでもありません。言ってみれば、それは自然の一部を切り取ってそれに似せて作ったジオラマのようなもの、カプースチンの音楽が決して「ジャズ」と呼ばれることがないのと同様に、楽譜に起こした時点で、テイタムは「ジャズ」としての命を失ったのです。
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by jurassic_oyaji | 2005-07-09 19:43 | ポップス | Comments(0)