おやぢの部屋2
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おわらない音楽/ 私の履歴書
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小澤征爾著
日本経済新聞出版社刊
ISBN978-4-532-16933-6



小澤征爾さんの「自伝」と言えば、かなり若い時に著した「ボクの音楽武者修行」(発行されたのは1962年)が有名ですね。ただ、あれは本当に若い頃、まだニューヨーク・フィルの副指揮者に就任したあたりの、まさに「シンデレラ・ストーリー」の主人公として各方面から注目を集めていたあたりに書かれたものですから、小澤さんの生涯全体からしたら本当にわずかな一部分でしかないのはしょうがいないことです。実は、あの本以後に、彼はとんでもない問題にたち向かわなければならなくなり、それこそ「ストーリー」としては山あり谷ありの面白さが始まるのですがね。

その本は、現在でも文庫本で簡単に入手できますが、1980年に文庫化された時に「解説」を執筆した萩元晴彦が最後に書いた「『ボクの音楽武者修行』から20年、その後の物語は、いずれ小澤征爾自身か、或いは誰かによって書かれるだろう」という「予言」が実現するまでには、それからさらに30年以上も待たなければなりませんでした。
その待望の「物語」は、今年の1月1日から31日まで、日本経済新聞の朝刊に連載されました。それを一冊の本にまとめたものが、本書です。掲載日ごとに一つのテーマ、それが全部で30編しかないのは、1月2日が新聞休刊日だったためなのでしょうね。それは、おそらく「武者修行」のように小澤さんが自らペンを取ったものではなく、インタビューを受けて語ったことを誰かが本の体裁に整えた、という、昨今の「自叙伝」では当たり前になった手法が取られているのではないでしょうか。もちろん、そのあたりの技術は、このような分野だけではなく、各方面で長足の進歩を遂げていますから、そのような読みやすい文体の中からは小澤さんの「生の声」が的確に伝わってきます。それは、もしかしたら本人が書くよりもストレートに伝わる仕上がりになっているのでは、と思えるほどです。同じような手法ですが、小澤さんの言葉をそのまま本にした先日の村上春樹の著作に対して、こちらは充分に手をかけてあくまで簡潔な物言いの中から、本質的なことを浮きだたせるという、高度な操作が加わっているような気がします。
そんな文体ですから、非常に短い言葉でも激しく心を揺り動かされることがあります。中でも印象深いのが、「N響のボイコット」ではないでしょうか。この件については、今まで多くの人がそれぞれの立場から様々な見解を表明してきているはずですが、その最大の「当事者」である小澤さんの「真意」がここで語られているのには、ぜひ注目すべきです。どんな問題に直面しても、明るく前向きに臨んでいるという印象の非常に強い小澤さんが、ここでは「精神的にめちゃくちゃにやられた。泣いたし、悔しかった」とまで言っているのですから、やはりこれは彼にとっては未曽有の事態だったのでしょう。「スラヴァの説得」の章では、そんなダメージを負わされたオーケストラとの「和解」の模様が語られています。しかし、なにかそれは単に事象を淡々と述べているだけ、という印象しか受けません。
同じように「世間を騒がせた」天皇直訴事件についても、そのあたりの経緯がきちんと語られているのも、なにかほっとさせられます。
武満徹の出世作「ノヴェンバー・ステップス」が、文字通り世に出るために果たした小澤さんの絶大な貢献に関しても、詳細に事実関係が述べられています。ニューヨーク・フィルの委嘱作品として、そもそもは黛敏郎にと考えていたバーンスタインに武満を進言したのが小澤さんだということは、初めて知りました。もちろん、後に武満が公にする「こんな俗物の指揮者と仕事をしていたことを後悔している」という小澤批判については一切触れられていないのは、まさに小澤さんのおおらかさ、つまり人間としての器の大きさを物語るものに違いありません。

Book Artwork © Nikkei Publishing Inc.
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by jurassic_oyaji | 2014-08-06 21:12 | 書籍 | Comments(0)