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小澤征爾 覇者の法則
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中野雄著
㈱文芸春秋刊(文春新書985)
ISBN978-4-16-660985-7



以前「指揮者の役割」というとても刺激的な本を書かれた中野さんの、今回は小澤征爾の評伝です。最近は、この「カリスマ指揮者」に関する著作が目白押し、ついこの間もこんなまさに決定的な「一次資料」とも言うべき「自叙伝」が出たばかりだというのに、間髪を入れずに同じような趣旨の書籍の刊行です。でも、こちらの本はなんせ「十数年前」から執筆が始まっているというのですから、それは単なる「偶然」に過ぎないのでしょう。
とは言っても、結果的にはこの本は今までの自伝も含めた多くの小澤の評伝からの引用(「コピペ」とも言う)で成り立っている、という印象は拭えません。なんと言っても、おそらく執筆当時は新聞連載だけでまだ出版はされていなかった先ほどの「自叙伝」からの「引用」のいんような(異様な)ほどの頻度には、笑うしかありません。そうそう、それに加えて、著者自身の著作物からの引用という言わば「番宣」も、そちこちにあふれかえっていましたね。
いや、ここでの著者の目論見は、そのような巷にあふれた評伝から、著者にしかなしえない「なぜ小澤は世界的な指揮者になれたか」という命題に答えを出すという作業だったはずです。その点に関しては、「DNA」やら「脳科学」といった、おそらく今までの評伝には現れることのなかったタームを使いこなしての論陣が張られていますから、おそらく多くの読者には納得がいくのではないでしょうか。
あるいは、本筋にはあまり関係ないような「ネタ」にこそ、価値が見出せる、とか。たとえば、「八田利一」に関するコメントなど。ここで著者は、下の名前に「としかず」というルビを振っていますが、これは間違いでしょう。「はったりいち」と読まないことには、このペンネームの意味が伝わりませんからね。実はこんな痛快な「評論家」が存在していたことは初めて知りました。さる、高名な評論家さんが覆面ライターとして執筆しているのだそうですが、とても他人とは思えません。
そして、これも先ほどの「指揮者の役割」からのコピペですが、「アマチュア・オーケストラばかりを振っている指揮者は、決して大成しない」という手厳しい指摘です。アマオケを振っている限り、指揮者は「お山の大将」で相手を指導するだけ、決してオケから「教わる」ことはない、というのですね。確かに、それはとても納得のいくものです。この本にも登場する小澤の後継者と目されているさる有名指揮者などは、アマオケのリハーサルの途中で、ここからは何も得るものがないと分かったとたん、あからさまに投げやりな練習態度に豹変しましたからね。本番こそ大過なくまとめていましたが、アマオケの当事者は悔しい思いをしたことでしょう。確かに、その後その指揮者はおそらく「大成」することになるのでしょうが、その前に人間的な資質が問われることになってしまいました。アマオケをなめてはいけません。
先ほどの「命題」に直接答えるという形ではなく、ごくさりげなく登場する「CAMI」の存在あたりは、もしかしたら著者の「本音」が隠されているのではないか、という気がします。実際、なぜ小澤がCAMIのアーティストになれたのかは著者にも憶測でしか分からないようですし、これを突き詰めることはひょっとしたらタブーなのかもしれませんね。
おそらく、最後に述べられている「小澤ブランド」の今後、つまり、そう遠くない将来に必ず訪れるはずの事態への著者の冷徹な眼こそが、この本の「真価」なのではないでしょうか。そう思えば、コピペだらけの本体も許せます。
いや、たとえば「ウィーン国立歌劇場の音楽監督のポストは、日本企業の援助に対するバーターだ」というような「憶測」も、コピペを繰り返すうちに限りなく「真実」に近づくことを、著者は知っているのかもしれません。

Book Artwork © Bungeishunju Ltd
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by jurassic_oyaji | 2014-08-28 19:50 | 書籍 | Comments(0)