おやぢの部屋2
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MOZART/Requiem
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Arleen Auger(Sop), Gurli Plesner(Alt)
Adalbert Klaus(Ten), Roger Spyer(Bas)
Sergiu Celibidache/
Choeurs de l'ORTF(by Jean Paul Kreder)
Orchestre National de l'ORTF
ALTUS/ALT296




チェリビダッケは、シュトゥットガルト放送交響楽団の首席指揮者在任中の1973年から1975年の間に、当時の「フランス国立放送管弦楽団」の首席アドヴァイザーというポストにあり、このオーケストラが1975年に改組されて「フランス国立管弦楽団」となった時には、初代の音楽監督に就任しています。そんな間柄にあったオーケストラとの、1974年2月に行われたモーツァルトの「レクイエム」のライブ録音がリリースされました。おそらく、今まで何らかの形でブートっぽいものは出ていたのでしょうが、正規品として発売されるのはこれが初めてのこととなります。つまり、フランス国立放送局によって録音され、ラジオ放送に使われた音源を、それを管理している団体「INA(Institut national de l'audiovisuelフランス国立AV協会)」からのライセンスを得て、新たにマスタリングを行ったものが、このCDということになります(この団体の名前を見て、「さすが、フランスは進んでる!」などと感心しないでください。「AV」とは「オーディオ・ヴィジュアル」の略語ですからね)。
そんな、ちゃんとした放送局の音源にしてはずいぶんバランスの悪い音に驚かされます。「Introitus」冒頭の弦楽器がほとんど聴こえないのに、それに続く木管楽器がやたらはっきりと聴こえてくるのですからね。合唱が入ってきても、かなり大人数のような感じはしますが、なんか遠くの方で歌っているようにしか聴こえません。そのくせ、フォルテッシモになるとソプラノあたりの音は見事に歪んでいますから、やはりこの時代のフランスの放送局の録音のスキルは、レコード会社にははるかに及ばなかったのでしょうか。
そこに、ソプラノのアーリーン・オージェのソロが入ってきます。いつになく安定した声で、最初のフレーズ「Te decet hymnus Deus in Sion」を、なんとノンブレスで歌い切りましたよ。普通のテンポでは15秒ほどかかりますから、どんな歌手でも1回か2回は息を取るものですが、チェリビダッケの極端におそいテンポによって、それが20秒近くになっているのに、です。これはちょっとすごいこと、というか、もしかしたらチェリビダッケの指示によって、流れを中断するようなブレスは禁止されていたのかもしれませんね。
そんな大きなフレーズのとらえ方は、確かにこの演奏全体を支配する要因のよういん(ように)感じられます。ただでさえ遅いテンポが、こんな粘っこいフレージングのためにさらに地を這うような表現に変わり、この世のものとも思えないほどに「深み」を増す、というのが、この指揮者の音楽の作り方なのでしょう。
ただ、そんな「大きな」音楽にはとてもついていけない、という人も、合唱団の中にはいたのかもしれません。「Kyrie」の二重フーガになると、「Kyrie eleison」という長い音価のパートはかろうじて悠々とした動きを保っているものの、それに交わる「Christe eleison」という細かい音符のメリスマが、タガが外れたように走り始めました。ただ、走っているのはそのパートだけ、他のパートは同じテンポを保っているので、そのメリスマだけが異様な切迫感に囚われてしまっているように聴こえるのが、とてもスリリングです。
それにしても、チェリビダッケの作る音楽の悠然さというのは、まさに常軌を逸する一歩手前のところまで迫っているのではないでしょうか。並みの指揮者ではあらん限りの力を振り絞ってダイナミックの限りを作りだす「Dies irae」での、殆ど冗談に近いような平静なたたずまいはまさに驚異的です。それはもっぱら、ここでの合唱が、全く「言葉」に意味を乗せることをせず、ひたすら純粋に「音響」を追求させられているからなのでしょう。これだけ大人数の合唱の全てのメンバーに、こんな「魂」が抜けた歌い方を徹底できる指揮者など、チェリビダッケの他にはいないのではないでしょうか。しかし、それがなんとも美しい音楽に聴こえるのですから、困ったものです。

CD Artwork © INA
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by jurassic_oyaji | 2014-09-05 19:57 | 合唱 | Comments(0)