おやぢの部屋2
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「レオノーレ」と「ゴールウェイ」
 昨日までの指揮者練習は、連日の秋晴れの下の週末、外の光などは届かないホールの中で行われました。ロビーに出るとブラインドを閉めていてもしっかり入ってくる外光、ちょっと癪に障ります。
 私は最後の「レオノーレ」は降り番なので、少し早く外に出ましたが、まだ暑さを感じるほどのいいお天気でした。と、夜になって、練習を終えたAっちゃんからメールが。「『レオノーレ』のブライトコプフの新しいスコア、持ってますか?」というものでした。橘さんと最初に楽譜の版の話をした時には、確か「普通のブライトコプフ版」を使う、ということだったので、当然今までずっと使われて、渡されたパート譜にもなっている昔のブライトコプフだと思っていました。それに「新版」が出ているなんて、思ってもみませんでしたよ。確かに、ここはベーレンライターみたいな派手なことはやりませんが、着々と今までの古い楽譜を原典版に差し替えてきているのでした。で、橘さんの楽譜が、パート譜とかなり違っているというのですよ。
 調べてみたら、それは2007年に出版された、クリスティアン・ルドルフ・リーデルの校訂による原典版でした。私は降り番で、前回の指揮練の時にも「レオノーレ」には立ち会っていなかったので、全く気付きませんでしたよ。もし知っていたら、今頃はそのスコアを取り寄せて、「正誤表」を作っていたものを。ブライトコプフのサイトに行ったら、サンプル・ページの画像があったので見てみたら、1ページ目ですでに旧版とは全然違ってましたよ。
 こちらが旧版。

 そして、こちらが新版です。

 もう一つ、そんなマニアックな話。先日のゴールウェイの全アルバムを収録したボックスには、全てのアルバムの録音データがしっかり記載されているので、資料としてとても価値が高い、と思っていたのですが、よくよく見ていくとちょっと怪しげなものがあったりしますから、「やっぱりな」という気になってしまいます。いや、確かにそのデータは、オリジナルのLPなりCDにあったものを、忠実にコピーしているという点では、なかなかのものがあるのですが、そのおおもとのデータがちょっと不正確なものまでをきっちりチェックする、というほどの仕事はされてはいないのですね。これはある意味当たり前のこと、なんたって、この「RCA」というレーベルは、もはやSONYに吸収されて実体のないものなのですから、いままでここで資料の管理などをした人もおそらくリストラされてしまっているでしょうから、もはやそのようなことをやる人がいなくなってしまっているのでしょうからね。
 そこで気になったのが、この2枚のアルバムのデータです。

 こちらは「カノン」というアルバムにしておきましょう。1981年6月にリリースされていますが、録音は1曲目が1981年の4月、残りが何月かは分かりませんが1981年なのだそうです。しかし、これだけの曲を、同じ年にリリースするのは、かなり大変なような気はします。それよりも、オーストラリアで録音されたもので、指揮者が2人いるのが気になります。たった1曲の録音だけのために、ルイ・フレモーなどという大物がわざわざやってくるでしょうか。

 こちらは、1985年の4月にリリースされた「フェニックス」です。マルPが1981年と1985年の2通りあるように、このアルバムの中には1981年にリリースされたものが含まれています。それはもちろん、「カノン」に収録されていた「スレドボ」と「モリー」と「ジャマイカ」の3曲になるわけです。ジョン・カーマイケルと、クリフォード・アボットのフルート協奏曲が、ここで新たにリリースされたことになりますね。つまり、このデータによれば、1977年の4月1日と2日の2日間に、このアルバム1枚分の曲を「2人の」指揮者を使って行ったことになりますね。でも、「カノン」の中の3曲は、その中のデータによれば、確か1981年に録音されたはずだったのでは。
 ただ、ここでもう一つのデータがあります。それは、ここでルイ・フレモーが指揮をしている曲のうちの、ジョン・カーマイケルの「スレドボ」と「フルート協奏曲」が作られたのは、1980年だ、という事実です。作曲家のサイトにあるのですから、それは間違いないのでしょう。ですから、この「1977年」というのは、このアルバムではなく「カノン」の中の大部分の曲のものなのではないか、と思うのですがね。おそらく、1曲目だけはリリース直前にニューヨークで録音されたのでしょう。そして、フレモーがが指揮をした「スレドボ」も「フェニックス」の曲目と一緒に、1980年以降に録音されたのではないでしょうか。
 整理すると、「カノン」の録音データは、
New York City, April 8, 1981[1]
Sydney Opera House, Sydney, April 1/2, 1977[2-11/13]
Sydney Opera House, Sydney, ca. 1981[12]

 そして、「フェニックス」のデータは
Sydney Opera House, Sydney, ca. 1981[1-6]
Sydney Opera House, Sydney, April 1/2, 1977[7/8]

 となるのではないでしょうか。つまり、デヴィッド・ミーシャムは1977年に、そしてルイ・フレモーは1981(?)年に録音を行ったのですね。
 その裏付けを取ろうと思って、録音時期によって音が変わっていないかどうか確かめてみたのですが、どちらもなんとも精彩のないこもった音で、録音時期よりはエンジニアの個性の方が強く出ていて、区別はできませんでした。
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by jurassic_oyaji | 2014-09-22 21:57 | 禁断 | Comments(0)