おやぢの部屋2
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REICH/Radio Rewrite
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Jonny Greenwood(Guit)
Vicky Chow(Pf)
Alan Pierson/
Alarm Will Sound
NONESUCH/7559-79547-0




スティーヴ・ライヒの最新作を含むニュー・アルバムです。ここでは、こちらでペンデレツキとの親密なコラボレーションを披露していたレディオヘッドのギタリスト、ジョニー・グリーンウッドが、大きな役割を果たしています。
まずは、グリーンウッド自身の演奏による、1987年の作品、「エレクトリック・カウンターポイント」です。これは、加藤訓子さんによる打楽器バージョンを、こちらで聴いていましたね。もちろん、グリーンウッドはオリジナル通りのギターで演奏していますが、初演者のパット・メセニーによって録音されたもの(↓)と比べてみると、演奏時間が3つの部分とも全く同じであることに驚かされます(I:6:51, II:3:21, III:4:29)。

これは、多重録音で各パートを重ねて作られるものですから、あるいはグリーンウッドはメセニー盤をサンプリングしてクリックを用意していたのかもしれませんね。加藤さんの場合は、ほんの少し時間が違いますから、そこまではやらなかったのかも。ただ、そのような全く同じテンポで全く同じ楽譜を使っていても、ここでのグリーンウッドの「演奏」は、メセニーとは完璧に異なっています。それは、使っている楽器が同じ「エレクトリック」ギターであってもその語り口が全く別物であることが最大の要因なのでしょう。かたや、ジャズ風の端正なセミアコ、かたやエフェクターを駆使したギンギンのソリッド・ギターですし、いかにミニマルなフレーズといえどもジャズとロックとでは自ずと表現は変わってくるのは当然のことです。どちらが良いかというのではなく、どちらのジャンルでもライヒの音楽は通用してしまうということなのでしょう。もちろん、加藤さんのような「クラシカル」なアプローチもあるわけです。
もう一つグリーンウッドが果たした「役割」は、今回の最新作「レディオ・リライト」のモティーフとして、ライヒがグリーンウッドのバンド「レディオヘッド」の音楽を用いていることです。ライナーノーツでは、これはルネッサンス期の「定旋律ミサ」と同じ発想だ、というようなことが述べられていますが、まあ確かに精神としてはかなり近いものがあるのかもしれません。要は、誰でも知っているメロディを、作品のモティーフの中にしのばせるという手法ですね。そして、ここでの「定旋律」が、レディオヘッドの2つの作品、「Jigsaw Falling into Place(2007)」と「Everything in Its Right Place(2000)」です。2012年に、ロンドン・シンフォニエッタからの委嘱によって作られたこの曲は、急-緩-急-緩-急と、2つのキャラクターをもつ5つの部分が交互に現れますが、その「急」の部分に「Jigsaw~」、「緩」の部分に「Everything~」が使われています。確かに、「急」の部分は同じコード進行の上で「変奏」が行われているのは良く分かりますが、「緩」の方はちょっと分かりにくいですね。というか、この2曲はクラシック・ファンにとっては必ずしも「誰でも知っている」とは言えないものでしょうから、そもそも元のテーマが分からないところで聴くのは辛いものがあるかもしれません。それよりも、もはやそんなことまでしないことには先に進めなくなっているライヒのある意味行き詰まりが感じられる方が、もっと辛いことなのかもしれません。
もう1曲の「ピアノ・カウンターポイント」は、先ほどの加藤さんのアルバムに収録されている「シックス・マリンバ・カウンターポイント」と全く同じプラン、ライヒの「シックス・ピアノズ」という1973年の作品を、2011年に「ロンドン・スティーヴ・ライヒ・アンサンブル」のピアニスト、ヴィンセント・コーヴァーが独奏者+録音テープのために編曲したものです。こちらは、ライヒ自身が参加した1974年の録音に比べて半分近くの長さになってメリハリがくっきりした分、オリジナルが持っていた、なんとも言い難い不思議な変容の妙は、見事に消え去っています。それが「今」のライヒの受容の実態だとしたら、辛さはさらに募ります。もはや、古典的な「ミニマル」の需要はなくなってしまったのでしょうか。

CD Artwork © Nonesuch Records Inc.
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by jurassic_oyaji | 2014-11-14 20:28 | 現代音楽 | Comments(0)