おやぢの部屋2
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バイロイトの新演出は、もう限界。
 この間、NHKのBSで今年のバイロイトの公演を放送してましたね。あれは録画でしたが、確か、ちょっと前までは「生」でやってましたよね。当然リアルタイムですから、オペラが始まる前や幕間の時間をつぶすためにスタジオにゲストを集めて、聴いている方が恥かしくなってしまうようなしょうもないトークをやらしたりとか、それなりに(無駄な)力が入っていたようでした。なにしろ、日本語の字幕も「生」で入れるのですから、大変だったでしょうね。
 でも、最近ではとんと「生」にはお目にかかれなくなり、みんな録画に替わっていますね。それも、去年あたりは1ヶ月ぐらい経ったところで放送という、まあギリギリ同じ頃ではあるタイミングでの放送でしたが、今年は夏に上演したものが殆ど冬になってからの放送ですから、なんだか白けてしまいます。そうなってくると、放送よりもDVDやBDの方が先に出回ってしまう、なんてことになってしまうかもしれませんね。まあ、そういう「製品」の方が音はずっと良くなっていますから、それだけの価値はありますが、やはり少しばかり音は悪くても「タダ」で同じものを見れるというのは、魅力がありますからね。いや、場合によっては製品には日本語の字幕がなかったりしますから、そうなると放送の方が断然メリットが高くなります。確か、去年の「オランダ人」が、そんな、中国語まで入っているのに日本語の字幕はなかったという「欠陥商品」だったはずですからね。ちなみに、それを販売していたのは、CDやDVDなどに添付されている日本語の「帯」も誤記と誤植だらけの欠陥品ばかりという「ナクソス・ジャパン」です。
 BSでやっていたのは、「タンホイザー」でした。最近のバイロイトでは、もはやオーソドックスな演出は影を潜め、あえて過激な「読み替え」を施した「前衛的」なものが上演されています。去年の「オランダ人」もかなりのものでしたが、「タンホイザー」になるともうとてもついていけないほどになっていましたね。いや、私は別に新しいものが嫌いなわけではなく、なんだって受け入れるだけの柔軟さを持っているつもりですが、それはあくまで納得のいく整合性が取れている場合に限ります。はっきり言って、観客をないがしろにしてひたすら自分の世界におぼれてしまっているようなこのセバスティアン・バウムガルテンの演出は、許しがたいものです。一番腹が立ったのが、幕間の茶番劇です。それぞれの幕の間で、朗読会みたいなもの(これは、劇場ではどのように見えていたのでしょう)や、いかにもな「ミサ」もどきをやらせていたことです。こんな「アングラ」な世界がワーグナーの音楽と共存できると考える神経が、とても幼稚に思えます。というか、音楽以外のものを持ちこむことは、ワーグナーの作品を貶めるものでしかないことに気づくべきです。
 と、邪魔ものだらけの中での「タンホイザー」でしたが、トリステン・ケルルのとことん情けないタンホイザーはなかなか魅力的でしたし、なによりもヴォルフラムのマルクス・アイヒェのハイ・バリトンが、とても心地いいものでした。最後にはこんなサービス・カットもありましたし。

 さて、来年3月に予定されているモーツァルトの「レクイエム」のための練習も、2回目を迎えました。昨日と今日の2日連続での練習です。この2日間は、基本的に同じ部分を練習するということなので、一応どちらかだけに出席すればOKだということになっているのですが、きのう行ってみたらテナーは4人だか5人という恐ろしいことになっていました。名簿上は20人ぐらいいるというのに、歌ったことのある人はもっと本番近くになって顔を出すのでしょうね。こんな人数だと、一人一人の声がはっきり分かりますから、よっぽどちゃんと歌わないと恥をかいてしまいます。でも、逆にとても勉強にもなるのですが、終わったらもうクタクタでした。ですから、今日はもう休んでしまおうかとも思ったのですが、気を取り直して行ってみたら、やはりテナーはかなり少なく、声はそれほど出ないものの、パートに貢献は出来たのではないでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2014-11-23 21:58 | 禁断 | Comments(0)