おやぢの部屋2
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Madrigals of Madness
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Calmus Ensemble
CARUS/83.387




現在、この手のヴォーカル・アンサンブルの中では間違いなくトップ集団を走っているカルムス・アンサンブルのニュー・アルバムは「狂気のマドリガル」というタイトルでした。それは、この英語のタイトルを直訳したものですが、おそらくこれは「Madrigals」と「Madness」で韻を踏みたかったから、「Madness」という単語を使ったのでしょう。というのも、このブックレットの中のアルバムのコンセプトについてのインタビューでは、オリジナルのドイツ語では「Wahnsinn」、その英訳では「insanity」という言葉が使われているからです。いずれも日本語に訳してしまえば単に「狂気」となるだけですが、おそらくネイティヴにとってはそれぞれに受け止め方の違いがあるのでしょう。多分、「madness」はちょっと気取った古臭い言葉、今の生活の中で使うなら「insanity」、ぐらいの使い分けなのではないでしょうか。
そのインタビューの中で語られているように、このアルバムは「狂気の諸相を音楽によって伝えているマドリガル」を集めたものになっています。そんなぶっとんだ視点から選曲したアルバムなんて、それだけでドキドキしてしまいませんか?
まずは、初めて聴いた「La bomba」という曲です。マテオ・フレチャという、南米の飲み物(それは「マテ茶」)みたいな名前のスペインの作曲家が作ったエンサラーダです。「bomba」というのはポンプのこと、沈みかけた船の中で慌てふためく船乗りたちが「ポンプで水をくみ出せ!」と叫んでいます。そんな恐怖の中でパニックに陥った船乗りたちは、やけっぱちでどんちゃん騒ぎを始めるという、いとも俗っぽい「狂気」が描かれています。途中で調子っぱずれのギターの擬音が歌われますが、それはもうこらえられないほどのおかしさです。人間、正気を失うととんでもないことを始めるものなのですね。
そして、有名なモンテヴェルディの「アリアンナの嘆き」全曲です。これこそは「狂気」の王道、恋人に見捨てられた女の「嘆き」ほど、痛々しいものはありません。そして、これほどありふれたものもありません。おそらく、あなたの周りにも一つや二つは転がっていることでしょう。実は、この曲の第1部「Lasciatemi morire」だけは、カルムス・アンサンブルは前のアルバムで取り上げていました。それに比べると、ソプラノのアニャの声が一段と凄みを増していて、全体の表現もよりダイナミックなものになっています。
そして、こういうテーマの時の「定番」、作曲家自身が「狂人」というジェズアルドが続いた後には、ジョスカン・デプレの「Scaramella」と、クレマン・ジャヌカンの「La guerre」という、「戦争もの」が控えていました。まさに「戦争」こそは「狂気」」の際たるもの、しかし、正面切って「反戦歌」を作る音楽家などは逆にそっぽを向かれてしまう事を知っていたかどうかは分かりませんが、この二人もいとも快活にそんな「愚行」を笑い飛ばしているようです。特にジャヌカンの方は、戦場に砲弾が飛び交う様子などを事細かに描写する中で、何か空しさも感じられてしまうのは、ひとえに演奏家の熱演によるものでしょう。ジャヌカンに関しても、さっきのアルバムの中で「鳥の歌」を歌っていた彼らは、ここに来てさらに長足の進歩を遂げていました。もはや以前のような取り澄ましたスタンスではなく、ここではしっかり作品の中に入り込んであらん限りの表現を駆使しています。それを最後まで聴くと、そこからはくっきりと「戦争の空しさ」が浮き上がってくるのですから、ちょっとすごくないですか。
そして、全体の最初と最後を飾るのはイギリスの作曲家の作品。最初に歌われているオルランド・ギボンスの「What is our life?」とトーマス・トムキンスの「Too much I once lamented」によって、最後の仕上げが施されます。トムキンスの曲はルネサンス版「Don't Worry, Be Happy」(ボビー・マクファーレンのヒット曲)なんですって。恋人に見限られたからって、めげることなんてないんですよ。

CD Artwork © Carus-Verlag
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by jurassic_oyaji | 2014-11-26 21:27 | 合唱 | Comments(0)