おやぢの部屋2
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娘の結婚式
 やっと終わりました。私にとっては、今年最大のイベントが。
 私の娘は、去年の今頃入籍して、自宅を出て行きました。その1年ぐらい前に「会ってもらいたい人がいるんだけど」というベタなセリフを聞かされたので、「とうとう来たか」という思いでしたが、その「会わせたい人」を交えて最初に食事をした時に、「お嬢さんと結婚を前提にお付き合いさせていただいているものです」と、これもベタなセリフを大真面目に語る姿に、なんか「これ、いいんじゃない?」という気がして、その「人」がすっかり気に入ってしまいました。今時珍しい、とても素朴な青年なんですよね。
 当初は、別に式を挙げることは考えてはいなかったようですが、いつの間にか式場を見つけてきて、「12月6日に決まったよ」と電話を寄こしました。別に異存はなかったので、即決定、でも、あとで確かめてみたら、この日は「角田第九」の前日だったのですが、まあ、たまにはニューフィルよりも家族を優先してもいいでしょう。
 まあ、それからなんやかんや、親として必要な用意は全部整えて、きのうは朝早くから車で式場に向かいます。私はともかく、愚妻の留袖の着付けが時間がかかるんですよね。そこで、スタッフの出迎えを受け、背の高い男性スタッフが「今日のお式のご案内をさせていただきます」と名刺を差し出しました。顔を見てすぐに、なんかその人に以前会ったことがあるような気がしていたのですが、名刺の名前を見て、それは確か以前ニューフィルでチェロを弾いていた人と同じ名前だと分かりました。その人は、一旦愚妻を案内して引き下がったので、今度来たら確かめてみようと思いました。そして、次に、「お父様のお着替えは30分後になります」とか言いにくると、そのあと「もし違ってたら申し訳ないんですが、確かニューフィルで・・・」などと聞いてきましたよ。やっぱり気が付いたのですね。なんか、こういうところでこういう立場の人が知り合いだったなんて、とても微妙な感じですね。お互いに。
 でも、ちょっとしたことでも質問しやすかったので、なにかと便利でしたよ。そのたびに、彼は普通のスタッフの口調でまじめに返してくるので、面白いですね。披露宴が始まって、両親の「お仕事」である、お客さんにお酒を注いで回るような場面でも、いつの間にか横にいて新しいビールを渡してくれたりしましたよ。ということは、この披露宴の場にはニューフィル関係者が「三人」もいたということになりますね。もう一人は、娘の大学時代の友人、受付までやってくれていました。
 私は、なんと言っても「新婦の父親」ですから、しっかりモーニングを着てちょっとさびしそうに末席に座っているというのが定番の姿なのでしょうが、やはりせっかくの機会なので写真を撮りまくることにしました。ただ、いかにもミーハー的にお客さんを差し置いて最前列で花嫁の晴れ姿を撮る、などというのはいくらなんでもみっともないので、用意したのがこのレンズです。18mm-200mmという、強烈なズームレンズ、200mmの時にはこんなに長く伸びます

 それは、予想通りとても役に立ちました。ケーキカットなんか、一番後ろからこれだけのものが撮れるんですから、大満足です。これこそ、「ニューフィル写真係」の最大の武器になることでしょう。

 ところが、結局300枚にもなってしまった写真をチェックしてみると、画面左下の同じところに「影」が入っているのが見つかりました。

 レンズの欠陥なのか、とも思ったのですが、さっきの写真のように望遠モードのものには全く見られません。しかも、影が出るのはフラッシュを使った時だけです。ということは、

 こういうところにフラッシュがあるので、レンズの先が影になってしまうのではないでしょうか。そこで、

 こんな風にして、フラッシュを指で上向きにして撮ってみたら、見事に影はなくなりましたよ。そういえば、式の時のプロのカメラマンを見ていると、フラッシュを上向きにして撮っていましたね。これは、直接光を当てずに柔らかい光で撮ることが出来る「裏技」のようですが、これで、この「影」の問題は解決しました。それこそ、ニューフィルのバックステージの写真などはフラッシュなしでは撮れませんから、そのたびに普通の16mm-50mmと交換していたら大変でしたからね。
 披露宴のクライマックスは、なんと言っても「花束贈呈」でしょう。今回は、そのあとに新婦の「手紙朗読」というのがありました。その中には、「お父さん、たくさん写真を撮ってくれてありがとう」というのがありました。確かに、披露宴の間に流れた映像では、私が撮った小さい頃の写真がふんだんに使われていましたね。そのあと「いつも、見護ってくれて、ありがとう」と続いた時、私は号泣モードに入ってしまいました。それからはずっと顔を下に向けているしかありませんでした。いえ、別にその涙は、よくある「娘を手放した父親の悲しみ」とか、そんなのでは全くありませんよ。しっかり私の気持ちを分かってくれていたのだな、という嬉しい思いと、いつの間にこんな素敵な披露宴をセットできるまでになっていたのだな、という驚きが、そうさせたのです。自分の思惑に見事に引っかかって、泣き崩れている父親を見て、娘は隣で「やった!」と思っていたことでしょう。そう、悔しいことに、私はまんまと娘にしてやられてしまったのですよ。
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by jurassic_oyaji | 2014-12-07 21:31 | 禁断 | Comments(0)