おやぢの部屋2
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VERDI/Requiem
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Krassimira Stoyanova(Sop), Marina rudenskaja(MS)
Samir Pirgu(Ten), Orlin Anastassov(Bas)
Marris Jansons/
Chor und Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
BR/900126




去年の「ヴェルディ・イヤー」には、多くの場所でこの「レクイエム」が演奏されていたことでしょうね。中には、実際に歌った人もいるかもしれません。この作品は、まさにそんなお祭りにはうってつけの派手さをもっていますから、確かにみんなで盛り上がって大騒ぎ、みたいな演奏でもお客さんを満足させられるかもしれませんが、やはり本当はきちんと細かいところまで神経を使って演奏しないことには本当の感動は与えることはできないのではないかという気がします。
そう言う意味で、このヤンソンスの演奏は、そんな浮ついたところなど全くない、とても真摯に作品に向かい合って、必要なことを一つ一つきちんと成し遂げたという満足感が伝わってくるものでした。やはり、それがプロでもアマチュアでも最低限求められるものだと、気づかされてくれたCDです。
なによりも、バイエルン放送合唱団の地に足の着いた堅実な歌い方が、光ります。ダイナミック・レンジから言ったら、とてつもないものをもっているこの作品で、そのピークはもちろん「Dies irae」の頭でしょうが、逆にその最も小さな部分が曲のど頭です(どんなCDでも、ここは目いっぱい小さい音が録音されているので、ちょっと聴こえないな、といってボリュームを上げ過ぎると、次の曲が始まった時に後悔することになってしまいます)。ここの本当に聴こえるか聴こえないかの弦楽器に乗って、この合唱がまるで包み込むように歌い出す「Requiem」を聴いただけで、この演奏は合唱に関しては満足が得られるという確信を持つことが出来ます。それは、ただ「小さい」だけではなく、その一言の中にしっかりとした「表現」が宿っていたのです。もちろん、ほどなく登場するベースのパート・ソロ「Te decet hymnus」も、よくある粗野な歌い方とは無縁のひょっとしたら「高貴」と言っても構わないほどのたたずまいです。
期待にたがわず、この合唱は最後までそれぞれのパートがしっかり自信を持った歌い方で、冷静な中にも熱気を感じさせるという素晴らしいことをやってくれていました。これは、この作品における一つの理想的な合唱の形だったのではないでしょうか。
ソリストたちは、そんな合唱に支えられて羽目を外さない程度に奔放な歌い方をしていたような気がします。ただ、ソプラノのストヤノヴァは、勢い余ってピッチが常に上ずっていたのがちょっと耳障りだったかもしれません。テノールのピルグも、最初はどうなることかと思うほどのハイテンションでしたが、徐々に落ち着きを取り戻してきて、「Hostias」では見事なソット・ヴォーチェを聴かせてくれました。この、ほとんどファルセットと地声との境目が分からないような歌い方は、妖しすぎます。仙山線で居眠りをしたら、愛子過ぎました。
ブックレットを見ると、なぜかこの録音が行われたミュンヘンのガスタイク(帯にある録音日は間違っています)ではなく、その数日後に行われたウィーンのムジークフェラインザールでの写真が載っていますが、そこにはチューバではなく「チンバッソ」の姿があります。ヴェルディ本人はオフィクレイドを指定していますが、この楽器でもトロンボーン・パートと見事に融合したリリカルな低音が聴こえてきます。
実は、この、ウィーンでの演奏が、別のレーベルから映像(DVD, BD)で発売されています。こんな素晴らしい演奏なのですから、音だけではなく映像でも楽しんでみたいですね。会場が違えばまた印象も変わってくるかもしれませんし、このチンバッソの姿も見てみたい気がします。CDでは、合唱が「Sanctus」の入りで、おそらく立ち上がるタイミングもあってちょっともたついているのですが、ウィーンではどうだったのでしょう、とかね。でも、かなり強気の価格設定なので、ちょっと手が出ません。でも、欲しいなぁ。今年のクリスマス・プレゼントに贈ってくれる人でもいればいいのですが。

CD Artwork © BRmedia Service GmbH
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by jurassic_oyaji | 2014-12-17 00:07 | 合唱 | Comments(0)