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ところで、きょう指揮したのは?/秋山和慶回想録
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秋山和慶・冨沢佐一著
アルテスパブリッシング刊
ISBN978-4-86559-117-0




指揮者の秋山和慶さんの「回想録」というものが出版されました。秋山さんのほかにもう一人の「著者」の名前がありますが、これはよくある「ゴーストライター」とは異なる、ちょっと面白い立場からの参加です。この冨沢さんという方は中国新聞社の記者などを務めた方で、この本の骨子となった原稿はその中国新聞に、秋山さんへのインタビューを文字に起こすという形で連載されたものなのだそうです。ただ、それだけを読むといかにも淡々としているので、それを補うために冨沢さんが秋山さんのお話に登場する事柄に「史実」としての客観的なデータを書き加えているのです。
このやり方は、例えばゴールウェイの自伝のように、本人とゴーストライターとの記述が混然一体となっているものとは好対照です(「婚前一体」だったら問題)。ここでは、秋山さんの部分には、何か物足りなさが残ってしまうようなところがあったものが、冨沢さんの追記によって、見事に「資料」として読み応えのあるものに仕上げられているのではないでしょうか。
ちょっと驚いてしまうのは、この冨沢さんという方は記者時代には音楽に関する仕事は全くやっていなかったのに、この秋山さんへのインタビューや、その後の単行本のための執筆を行うために、音楽のことをものすごく勉強されている、ということです。これはご自身があとがきで述べられていることなのですが、それを読むまでは、その辺の音楽ライターよりもずっと確かな目に裏付けられたその筆致に、圧倒されていましたからね。
正直、秋山さんという指揮者に関しては、例えばメジャー・レーベルからCDをリリースするといったような目立ちかたはされていないからでしょうが、何か「地味」な印象がありました。テレビで映像を見たことも何回かありましたが、その指揮ぶりはとてもしなやかであるにもかかわらず、どこか醒めたところがあるような気がしたものです。しかし、この本を読んでいくと、それはかなり表面的な印象であって、実体としての秋山さんはとてつもなくエネルギッシュなキャラクターだったことがわかってきます。見かけは穏やかでも、内に秘めた情熱はハンパではないという感じですね。そこからは、あの同門の小澤征爾ほどの派手さはありませんが、確実に世界の頂点を極めた指揮者の姿が浮かんできます。
もしかしたら、秋山さんの言葉の中には「勉強」という、それこそ小澤征爾が年中使っている単語があまり登場しないのが、逆にマイナスのイメージを与えてしまっているのかもしれません。ここで、例えば「800曲は暗譜している」などとサラッと言ってのけたり、難しい現代曲をこともなげに演奏してしまう姿を見てしまうと、それもなるほどと思えます。
なによりも素晴らしいのは、秋山さんは1963年に東京交響楽団というオーケストラの専属指揮者として就任して以来、経営破綻して再建される間もずっとそのオーケストラの指揮者を続け、その関係が今でも続いているという事実です。この本では、まるでこの長いスパンの中での秋山さんの活躍の幅の拡大と、このオーケストラの充実ぶりをシンクロさせながら、巧まずして日本のクラシック音楽界の変遷を見事に浮き出しているようです。あの「題名のない音楽会」が、東響を救済する意味でスタートしたものだったことも、初めて知りました。
最後のあたりには、秋山さんが世界初演を行った例の「HIROSHIMA」に関する言及も見られます。「技術的にかなり粗末で演奏できない個所も多かった」ために、楽譜に手を入れたら、作曲家が激怒した、というのですね。この件に関しての冨沢さんの解説は、至極当たり前のものなのがちょっと残念です。その「作曲家」というのがどちらだったのか、CDで使われているのはこの「秋山版」なのか、ぜひ知りたいものです。

Book Artwork © Artes Publishing Inc.
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by jurassic_oyaji | 2015-03-03 23:14 | 書籍 | Comments(0)