おやぢの部屋2
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RICHTER/Requiem
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Lenka Cafoukova Duricova(Sop), Marketa Cukrova(Alt)
Romain Champion(Ten), Jiri Miroslav Prochazka(Bas)
Roman Valek/
Czech Ensemble Baroque Choir(by Tereza Valkova)
Czech Ensemble Baroque Orchestra
SUPRAPHON/SU 4177-2




フランツ・クサヴァー・リヒターの「レクイエム」というのがあるのだそうです。今回の録音が、その「ピリオド楽器による世界初録音」ということですから、その前に「モダン楽器による世界初録音」があったのでしょうが、そんなものは確認できませんでした。おそらく、そのようなものにかけてはもれなく集められている井上太郎さんの名著「レクイエムの歴史」にも載っていないのですから、それはよっぽどレアな録音だったのでしょうね。
録音だけではなく、リヒターの作品を調べてみてもその「レクイエム」の存在自体がどこにも見当たりません。もちろん楽譜が出版されたことはなく、この録音でも自筆稿が使われています。その自筆稿によれば、作曲されたのは1789年なのだそうですから、これはまさにリヒター本人の没年、彼は自分のために「葬送の音楽」を作っていたのですね。
それに関しては、このCDのライナーノーツで、面白い記録が紹介されています。それは、同時代の詩人、ジャーナリストとしてよりは、あのシューベルトの歌曲「鱒」の作詞家として知られているクリスティアン・フリードリヒ・シューバルトが、彼が発行している雑誌の1789年の10月号に執筆した記事です。
「今月(9月)の12日に、リヒターは身の回りのものをきちんと整理した後に肘掛椅子に座り、彼自身が自らの葬儀のために作曲した葬送の音楽のスコアをじっくりと読んでいた。そして首を垂れ、静かに息を引き取ったのである」
本当かどうかは分かりませんが、なんともドラマティックな臨終の場面ですね。まあ作曲家たるもの、このぐらいの余裕をもって「辞世の曲」を作っておきたいものです。その2年後に同じように「レクイエム」のスコアを見ながら亡くなったモーツァルトは、結局それを完成させることはできなかったのですからね。同じライナーによれば、リヒターの場合は、それを作ろうと思い立ったのが1774年のことだったと言いますから、時間は十分にあったので、こんなくさい演出(?)を行うことが出来たのでしょう。
その「レクイエム」、編成は4人のソリストと合唱にオーケストラという、良くある形ですが、冒頭はいきなり無伴奏の合唱で始まるのに驚かされます。さらに、ほんの数小節で今度はまるでファンファーレのような「元気な」音楽が聴こえてくるのには、もっと驚かされます。これはほとんど運動会の行進曲のような曲調ですから、「葬送行進曲」にしてはあまりに明るすぎるものでした。
「Te decet hymnus」から曲調が変わるのはお約束ですが、そこに出てくるのはまさに「前古典派」然としたちょっと影をはらんだメロディ、それを、経過的に不協和音で彩るという手法は、その時代の音楽の定番です。さらに「Kyrie」では二重フーガが用いられるというのも、モーツァルトの手法を思わせるものでしょう。
ソリストによる堂々としたコロラトゥーラを駆使したアリアなどが歌われるというのも、音楽が内向的ではなく、どちらかというと外面を重視したもののように感じられてしまいますが、これは今の時代だからそう感じるだけなのかもしれません。あるいは、これは、深刻さとは無縁の「涙なんか見せずに華々しく送ってほしい」というような、作曲家からのメッセージだったのかも。
演奏している合唱団は20人ほどの人数ですが、それよりもっと少なく感じられるちょっとおとなしいキャラの団体です。というか、はっきり言って北欧やイギリスの合唱を聴きなれた耳には、かなりどんくさいものです。声の中に「意志」というものが全然感じられないのですからね。もっとも、こういう合唱だからこそ、作曲家の思いとは裏腹に「聴いていて悲しくなる」演奏に仕上がったのかもしれません。
フランツ・クサヴァー・リヒターさんは、草葉の陰からどんな思いで聴いていたのでしょう。

CD Artwork © SUPRAPHON a.s.
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by jurassic_oyaji | 2015-03-19 22:08 | 合唱 | Comments(0)