おやぢの部屋2
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BRUCKNER/Symphony No.4
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Manfred Honeck/
Pittsburgh Symphony Orchestra
REFERENCE RECORDINGS/FR-713SACD(hybrid SACD)




このレーベルからのホーネックとピッツバーグ交響楽団とのSACD、第3弾は、なんとブルックナーでした。
例によって、ホーネック自身がライナーノーツを書いていますからそれを読んでみたら、そのタイトルが「交響曲のローブをまとった交響詩」という、これだけでまずご飯が3杯は食べられそうな「おいしい」ものでした。なにしろ「ロマンティック」というサブタイトルが付いた作品ですから、確かに何か具体的なイメージはわきそうな曲ではありますが、ホーネックはそこに正面切って「交響詩」としてのアプローチを試みているのですね。なにか期待できそうです。
その期待は、第1楽章の「ブルックナー開始」の弦楽器のトレモロが、はっきり森の木々の葉擦れのように感じられたときに、ハズレではないことが分かりました。それは、出てくるフレーズすべてに、指揮者の確固たる「具体的なイメージ」がしっかりと込められた演奏だったのです。とは言っても、そのようないわゆる「プログラム」は、ブルックナー自身が明らかにしているのですから、ホーネックはあくまでそれにのっとって音楽を作っていただけなのかもしれませんが、それが他の指揮者の演奏からは聴くことのできないユニークなものに仕上がっているというのが、面白いところです。
第2楽章でも、ヴィオラのパートソロでテーマが歌われる間に他の弦楽器がピチカートでリズムを刻んでいるという部分などは、「吟遊詩人がギターをつま弾きながら歌っている情景」なのだと言われれば、もうそのものずばりのものが音で表現されているように思ってしまいますよ。オーケストラの団員というものは、こんな風に実際の情景を思い浮かべるような指示をする指揮者の方が、なんだか一緒に音楽を作ろう、という気になるのではないでしょうかね。「そこの音はしっかり伸ばして」というような機械的な指示で思いを伝える指揮者もいるでしょうが、これだとなんのためにそういうことをするのか、という最後の形が見えてこなくて、結局指揮者の思いが完全には伝わらないのでは、という気がしませんか?
ですから、そんな指揮者の思いをしっかり「音」として伝えられるものにしようというメンバーそれぞれの「意気」のようなものが、この演奏からはふんだんに感じ取れるのですよ。第3楽章などは「狩り」の情景ですから、もうシャカリキになって張り切っている様子がミエミエです。それがトリオになると、そのレントラー舞曲が何としなやかに踊られていることでしょう。確かにここまで来ると「交響曲」のピースとはとても思えなくなってしまいます。
第4楽章も、このホーネックの演奏は退屈することを許さないような仕掛けが満載、ブルックナーがこんなの楽しくていいのか、と思ってしまうほどですよ。彼がちょっとふざけて書いていることなのかもしれませんが、253小節目から4小節間にクラリネットとホルンが演奏するテーマが、ワーグナーの「さまよえるオランダ人」の「水夫の合唱」の一部分とそっくりというのですね。「どこが?」という気もしますがね。こんなんだったら、モーツァルトの「レクイエム」の「Tuba mirum」の33小節目の低音のフレーズと「白松がっ、モナカ」の方がよっぽど似てます。でも、本気でこんなことをライナーに書く人はなんか信用したくなってしまいますね。実はこの個所の4小節目のホルンの音符には、その前のクラリネットと合わせて楽譜にはないトリルが加えられています。この勢いで、最後の部分を、複雑なリズムが入り組んでいる「第1稿」に差し替えたりしたら、もっともっと面白かったのでしょうがね(これは、普通の第2稿ノヴァーク版)。
もちろん、録音は最高です。特に金管楽器の神々しいまでの美しい響きに包み込まれると、「もうあなたにすべてを任せます」みたいな気持ちになってくるほど、「力」ではなく「音色」で聴く者を跪かせられるサウンドが迫ってきます。

SACD Artwork © Reference Recordings
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by jurassic_oyaji | 2015-03-23 21:49 | オーケストラ | Comments(0)