おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
SCHNITTKE/3rd Symphony
c0039487_20382678.jpg



Vladimir Jurowski/
Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin
PENTATONE/PTC 5186 485(hybrid SACD)




ライプツィヒのコンサートホール、「ゲヴァントハウス」がリニューアル・オープンした時に委嘱されたのが、この「交響曲第3番」です。そのホールで1981年11月5日に、クルト・マズア指揮のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によってまずは初演が行われました。
最初の録音は、1984年のロジェストヴェンスキー盤(MELODIYA)、さらにBISの全集として1989年にはエリ・クラスの指揮によって録音されました。それ以来、この曲が録音された形跡は見当たりませんから、この2014年のユロフスキによる録音が3番目のものになるのでしょう。
なんでも、この曲を演奏するためには「111人」のメンバーが必要なのだそうです。調べてみると、弦楽器は「16.16.12.12.10」管楽器は「4.4.4.4/6.4.4.1」、それにティンパニと、5人の打楽器奏者、さらには特殊楽器としてハープ(2台)、ピアノ、チェレスタ、チェンバロ、オルガン、エレキギター、エレキベースが加わります。これらを単純に加えれば、確かに「111」になりますね。特徴的なのは、エレキギターやエレキベース、これらは、シュニトケの他の作品ではおなじみですね。チェンバロも、聴いた感じではアンプを通して演奏しているようです。
委嘱元がドイツ音楽の伝統を育んできた古都ライプツィヒですから、この曲には「ドイツ音楽」、あるいは「オーストリア音楽」が数多くサンプリングされています。それは断片的なものであったり、あるいは単なる「雰囲気」としての引用だったりですが、そのようなものがごちゃ混ぜになったコラージュとして聴く者に届く、という手法は、やはりシュニトケの得意技ですね。
第1楽章の、まるでこの世の始まりのようなおごそかさは、間違いなくワーグナーの「指輪」のオープニング、つまり、「ラインの黄金」の最初の混沌の引用なのでしょう。ただ、それはもっともっと複雑な、音楽的な秩序さえ超えてしまうほどの「混沌」を形作っているものでした。その低音を支えているのがエレキベースというのが、何とも鮮やかな印象を与えています。
第2楽章は、そんなモヤモヤ感が一掃されたとてもさわやかな音楽、と言えば聞こえはいいのですが、ミエミエのモーツァルトの模倣には、逆にそんなさわやかさの陰に隠れているどす黒い「陰謀」を感じてしまいます。もちろん、こんなあざとさがシュニトケの最大の魅力であることは言うまでもありません。最初にフルートで演奏されるときにはニ長調だったものが、最後にピアノ・ソロで「ハ長調」で弾かれることによって、しっかり「元ネタ」までも紹介していますしね。さらに、この楽章ではチェンバロによってご当地ライプツィヒの巨匠バッハの模倣まで披露するというサービスぶりです。
第3楽章も、冒頭で何やらファンファーレらしきものが聴こえますが、これがリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラ」のパロディだとしたら、そのセンスには驚かざるを得ません。ここでもエレキベースと、そしてエレキギターが大活躍。もちろん、エレキギターはディストーションをかけた「ロック」ではなく、あくまでクラシックの「弦楽器」として扱われているあたりが「フツー」という感じはしますが。なにか、ベートーヴェンの「エグモント」の断片が聴こえてきたのは耳の錯覚でしょうか。
第4楽章はまさにマーラーのアダージョ楽章そのものです。それはとても澄み切った静謐な世界、と思っていられるのは最初のあたりだけ、次第に音楽はクラスターの様相を高めてきて、それはほとんどリゲティか、という濃厚なものに変わります。それが最後はフルート・ソロで終わるのは、もしかしたら「どんでん返し」のつもりだったのでしょうか。
そんな振幅の大きい、ある意味野蛮なサウンドが、このPOLYHYMNIAの録音ではかなり「お上品」なものになってしまっています。もっとマッシブな音を聴きたかったものです。

SACD Artwork © Deutschlandradio/Pentatone Music B.V.
[PR]
by jurassic_oyaji | 2015-04-06 20:45 | 現代音楽 | Comments(0)