おやぢの部屋2
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CHILCOTT/St John Passion
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Lawrie Ashworth(Sop), Ed Lyon(Ten)
Darren Jeferey(Bar), Neal Davies(Bas)
Matthew Owens/
Wells Cathedral Choir
Wells Cathedral Oratorio Society & Voluntary Choir
SIGNUM/SIGCD412




ボブ・チルコットの新作は、日本では桜が散るこっとになる季節にリリースされました。彼にとっては「レクイエム」に続く大規模な宗教作品となる「ヨハネ受難曲」です。
チルコットは、かつては一応テノールのソリストでしたから、バッハの「ヨハネ」や「マタイ」といった受難曲のエヴァンゲリストを実際に歌ったこともあり、それよりも昔のキングズ・カレッジ聖歌隊のメンバーだった時にも、バッハ以前、ルネサンス期のもっとシンプルな受難曲を歌う機会があったそうです。そのような体験から、常々自身でも受難曲を作ってみたいと抱いていた夢がかなったことになります。
チルコットに「ヨハネ受難曲」を作る機会を与えてくれたのは、「レクイエム」と同じく、マシュー・オーウェンズが指揮をするウェルズ大聖堂聖歌隊でした。ここでは「レクイエム」の時に参加していたソプラノのローリー・アシュワースもソリストとして加わっています。
曲の編成は、「レクイエム」同様アマチュアなどにも広く演奏してもらいたいという願いが込められた結果(いや、本当は演奏する機会を増やして楽譜が売れることを期待した、というところでしょうが)、大人数のオーケストラを使うことはせずにごく少人数のアンサンブルに伴奏を任せるという道を選んでいます。ただ、前回は木管楽器が主体だったものが、ここでは金管五重奏(2Tp,
Tb, Hr, Tub)にティンパニとオルガン、さらにはヴィオラとチェロも加わってより変化のあるサウンドが提供できるようにはなっています。
バッハの受難曲の様式を現代に再現したようなプランで作られたこの作品では、やはりテノールによるエヴァンゲリストが福音書のテキストを歌う時に、そのヴィオラとチェロの二人だけによる、まるで通奏低音のようなシンプルな伴奏が付けられています。ただ、エヴァンゲリストはもっとメロディアスな歌を歌いますし、「低音」も時にはしっとり、時にはリズミカルにと、表情豊かなバッキングを務めています。そこにイエスやピラトといったほかの登場人物の歌が入ると、金管楽器も加わってさらに色彩豊かな音楽に変わります。もちろん、群衆の言葉は聖歌隊による合唱です。そこではさらにティンパニなども入って、よりダイナミックなシーンが展開されます。
さらに、「コラール」に相当するものが「聖歌」です。ここでは、主に伝承されている聖歌の歌詞やメロディを使って、チルコットが再構成した合唱曲として存在を主張しています。合唱も聖歌隊だけではなく大人の合唱(かなりの大人数)も加わりかなりのハイテンションの音楽に仕上がっています。もちろんバックでは金管とティンパニが最大限の華やかさで盛り上げていますから、その壮大さは聴きものです。
そして、それとは対照的な存在が、チルコットのオリジナルによるア・カペラの合唱曲と、ソプラノ・ソロによるナンバーです。バッハの受難曲では「アリア」に相当するものなのでしょう。
正直、「聖歌」のあまりに大げさな様相には、ちょっと引いてしまいます。いわば、テレビドラマのシーンを盛り上げる音楽のように、力ずくで感動をもぎ取ろうというあざとさがミエミエですからね。ですから、「Miserere,
my Maker」と「Away vain world」という、しっとりとしたア・カペラの曲が、これもミエミエのテンション・コードが鼻につきはしますが相応の「癒し」を与えてくれています。ただ、ここで歌っている聖歌隊以上にもっと美しく歌える団体は、いくらでもいるのでは、という思いは募ります。いつものことですが、このトレブル・パートの無気力さと言ったら。
ソプラノ・ソロは、シンプルなオルガンだけの伴奏で、やはり定番の「Pie
Jesu」的な穏やかな情緒を演出しています。深みこそありませんが、ちょっと辛い時の慰めぐらいにはなるのではないでしょうか。

CD Artwork © Signum Records Ltd
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by jurassic_oyaji | 2015-04-11 20:28 | 合唱 | Comments(0)