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戦火のシンフォニー/レニングラード封鎖345日目の真実
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ひのまどか著
新潮社刊
ISBN978-4-1-335451-2




なぜかこのたびショスタコーヴィチの「交響曲第7番」とかなり深いおつきあいをすることになって、何かその素性に関する資料がないかとチェックをしてみたら、こんな、ほんの1年前に刊行された書籍が見つかりました。
著者はかつてはプロのヴァイオリニストだった方ですから、音楽に対してはとても深いところで接するスキルを身に着けています。さらに、この方の場合、ロシア語のオリジナルの資料を読むために、それまでは全く知らなかったロシア語を勉強するところから作業を始めたというのですから、もうそれだけで感服してしまいます。
これは、「レニングラード封鎖」という史実に関して克明に描写するという「ノンフィクション」ではありますが、それらが連なる中で浮かび上がってくる「物語」には、即座に引き込まれてしまいます。しかし、この本の目的はそんな「戦記」を綴ることだけではありません。その「レニングラード封鎖」を「縦糸」にして、それに絡まる「横糸」として登場しているのが、その街の音楽家たちなのです。「戦火」のなかで、一時は音楽家としての自己を否定して戦時下要員として生き始めた彼らが、またオーケストラのメンバーとして復帰し、同じく「戦火」の中でショスタコーヴィチによって作られ続けた「交響曲第7番」を演奏するようになるまでの、壮絶な物語がここでは描かれているのです。
信じがたいことですが、ライフラインは断たれ、食料も底をついて餓死者が毎日何千人と出ているうえに、連日の空襲でもう疲弊しきっているはずの市民が、音楽を演奏することによってまだまだ力を持っていることをアピールしようとするのですね。もちろん、これは市当局の幹部が「プロパガンダ」としての音楽の影響力を認めて、組織的に放送局のオーケストラを再建しようとしたもの、そんな発想が、ソ連では可能だったのですね。
しかし、それを敢行するのには当然のことですが、多くの困難が伴います。そもそも、指揮者が餓死寸前の体で救急所に収容されているのですからね(その救急所の悲惨な状況もとてもリアル、トイレも使えない時にはどうなるか、そんなことは知りたくもありません)。そして、このオーケストラは小曲を演奏することから始まって、最終的にはショスタコーヴィチが「レニングラードのために」作ったとされる交響曲を演奏するまでを描くのが、このノンフィクションの山場となっています。いやあ、このあたりは本当に感動的ですよ。
もちろん、これはノンフィクションとは言っても、そもそもの「事実」がすでにソ連当局のフィルターにかけられていることは間違いありませんから、「実話」として鵜呑みにするのは極めて危険なことです。当初、筆者は小説として刊行するつもりだったと言いますから、そのような「筆が滑った」と思われるようなところも見られなくはありません。
そして、最大の「謎」は、やはりあのヴォルコフの「証言」を知ってしまったからには素直には受け入れることが出来なくなってしまっている、この曲のテーマです。ここでは、1ヵ所だけ、その「証言」を裏付けるエピソードも紹介されています。それにもかかわらず、筆者はまずこの「証言」を徹底的に無視することから論を始めているように思えます。そうなってくると、作曲の途中でレニングラードを離れてしまった作曲家の行動や、初演は別のところで行い、レニングラードでの初演でも当初は、すでに疎開していたレニングラード・フィルに任せるつもりだったという著者の「見解」には、かなりの齟齬が見えてはこないでしょうか。
本当に、ショスタコーヴィチという人は難解です。おそらく、この交響曲を自分で何回も演奏したところで、その「謎」が解けることはないのでは。

Book Artwork © Shinchosha Publishing Co., Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2015-04-27 21:19 | 書籍 | Comments(0)