おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
BACH/Matthäus Passion(Mendelssohn version)
c0039487_21172107.jpg
Jörg Dürmüller(Ev, Ten), Marcos Fink(Jes), Helen Rasker(Alt)
Judith van Wanroij(Sop), Maarten Koningsberger(Bas)
Jan Willem de Vriend/
Consensus Vocalis(by Klaas Stok)
The Netherlands Symphony Orchestra
CHALLENGE/CC72661(hybrid SACD)




「今でこそ『音楽史上最高の作品』とか崇められている『マタイ受難曲』も、メンデルスゾーンが見つけ出して演奏しなければずっと忘れ去れていていたはずだ」、とは、よく言われることです。まあ、これは確かに一つの真実ではありますが、仮にメンデルスゾーンがそういうことをやらなくても、別の形でこの作品はしっかり認められていたのではないか、という気はしませんか?それが「歴史」の面白いところ、こんな形で紹介されなければ、もしかしたら「マタイ」、いやバッハそのものが、もっと気楽に付き合えるようなものになっていたかもしれませんね。
いや、確かに前世紀の初めごろまでは、「マタイ」と言えばその前にひれ伏してしまうような威圧的なものだったのかもしれませんが、さいわいこの21世紀の世の中ではきちんと等身大の接し方が出来るようなものに変わってきています。そのような時代にあってメンデルスゾーンの甦演の録音を聴くという行為は、「『マタイ』をよみがえらせてくれた偉業をしのぶ」ものではなく、単に「19世紀のバッハ受容はどのようなものであったか」を冷静に観察できるサンプルとして聴く以上のものではありません。

最初に「メンデルスゾーン版『マタイ』」を音にしてくれたのは、クリストフ・シュペリングでした。彼の1992年の録音によるCD(Opus111/OPS30-72-73)によって、あたいたちはメンデルスゾーンが行ったことの詳細を知ったのです。それは、多くのナンバーのカットや、例えばアリアのダ・カーポを縮小したり、レシタティーヴォの音型を変えたりするような改変、さらにはオーケストレーションの修正といった、かなり大幅な変更が加えられているものでした。その概要は、こちらで見ることが出来ます。
メンデルスゾーンがこの「マタイ」をベルリンで「初演」したのは1829年のこと、この楽譜はすぐに出版されて各地でほかの指揮者によって演奏されるようになります。そして、メンデルスゾーン自身は「本場」ライプツィヒで1841年に「再演」を行い、この時に楽譜に手を入れます。それは、1829年に大幅にカットしたアリアやコラールを、何曲か復活させ、さらにエヴァンゲリストのメロディラインなどを修正するという改訂でした。現在ではこの両方の改訂をまとめて見ることができる楽譜がベーレンライターから出版(2009年)されています。ただ、フル・スコアはレンタルのみ、ピアノ・リダクションのヴォーカル・スコアしか入手は出来ません。
シュペリングの録音では、この「1841年稿」が使われていました。さらに、1995年ごろに録音されたディエゴ・ファゾリスのCDも、今回の2014年4月にライブ録音されたデ・フリエンド盤も、同じく1841年稿による演奏です。次に誰かが録音するときには1829年稿を聴かせてほしいものです。
シュペリング盤では、メンデルスゾーンの時代の「ピリオド」楽器が使われていました。弦楽器はガット弦、管楽器は現代のような改良(改悪?)の手が及んでいないものです。ピッチも少し低め、A=430Hzという、バロック・ピッチほどは低くない設定です。ですから、例えばオーボエ・ダ・カッチャがクラリネットに置き換えて演奏されていてもそれほどの違和感はありませんでした。しかし、今回のSACDでは、完全なモダン楽器が使われているために、特にそのクラリネットの音が完璧にバッハとは相いれないものとして迫ってきます。これが難しいところ、おそらくメンデルスゾーンの時代に現代と同じクラリネットが既に存在していたとしたら、彼は決してこの楽器を使うことはなかったのではないでしょうか。その結果、このSACDは先ほどの「19世紀のバッハ受容のサンプル」という役目すらも果たせないものとなっています。
そんなとんちんかんな設定にもかかわらず、ソリストや合唱団は、しっかりとした演奏でそれぞれの役割を果たしています。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2015-05-23 21:19 | 合唱 | Comments(0)