おやぢの部屋2
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GORDON/Dystopia, Rewriting Beethoven’s Seventh Symphony
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David Robertson/
Los Angeles Philharmonic
Jonathan Nott/
Bamberger Symphoniker
CANTALOUPE/CA21105




このジャケットは何を描いているのか、最初はわかりませんでした。昔こういう「モアレ」の効果を使った絵本があったので、そのたぐいかな、と思ったのですが、よくよく見てみるとこれは超高層ビルに囲まれた「空」であることが分かりました。まさしく「Skyscraper」の的確な訳語「摩天楼」そのものの、「天」に「触れる」建物たちが林立した結果、空の形がこんな幾何学模様になってしまうであろうという未来都市の姿を見事に表したイラストです。
そして、それはそんな未来都市をテーマにした1956年生まれのアメリカの作曲家、マイケル・ゴードンの作品「ディストピア」とも見事に呼応しています。「ディストピア」という造語は、「理想郷」という意味で使われる「ユートピア」の反対語、理想とは程遠い凶暴さや混沌、やかましさなどがきわまった未来都市を表わしているのでしょう。これは2007年にロスアンジェルス・フィルからの委嘱によって作られたもので、その「現代都市」とはまさにロスアンジェルスそのものなのだと、作曲家は語っています。
ゴードンは、なんでも「ポスト・ミニマル」という、わけの分からないジャンルの作曲家としてカテゴライズされているそうです。作曲家自身はこの作品について、「協和音と不協和音の間にある灰色の領域の探求」と述べているようですね。
これは、2008年の1月に、ロスアンジェルス・フィルの本拠地ウォルト・ディズニー・コンサートホールで行われた世界初演のライブ録音です。演奏時間が30分ほどの大作で、基本的には「ミニマル」ならではのリズム・パターンが延々と続くだけのものですが、そんな長時間の鑑賞に耐えるだけの工夫があちこちに施されています。まず、リズムの要をなす低音パートに、「エレキベース」が加わっていることで、ただのオーケストラとはちょっと違う独特のグルーヴが生まれています。さらに、そのリズムを形作る打楽器の種類がとにかく多彩、それこそメシアンのような「異国風」の金属打楽器から、ラテン・パーカッションまで加わって派手に盛り上げます。
曲の構成も、そんなにぎやかな部分だけではなく、時にはすべてのリズムをなくして弦楽器だけでまるで雅楽のようなグリッサンドを繰り広げるなどという場面も用意されています。そのようなシーンでも、バックには常に「リズム」が感じられるのが不思議。時折チューブラー・ベルと一緒に聴こえてくる金管のアコードが、何か「救い」のように感じられます。
そして、23分ほど経った頃に始まるのが、弦楽器、木管楽器、金管楽器+ピッコロという3つのパートが織りなす見事なポリフォニーです。それらは次第に終結し、最後は「シ・レ♯・ミ・ファ♯」というベースの音型が何度も繰り返される中でカット・アウトというとてもクールなエンディングを迎えます。
もう1曲、2006年にボン・ベートーヴェン音楽祭からの委嘱によって作られた「ベートーヴェンの第7交響曲を書き直してみた」という作品は、「クール」というよりは「シュール」なアイディア満載の「迷作」です。なんでも、「この交響曲が演奏された時には、当時のお客さんは『宇宙で一番やかましい音楽』と感じたはずだ」という発想から、その「やかましさ」を現代のレベルでお客さんに体験してもらおうというコンセプトのようですから。
「元ネタ」と同じように4つの部分からできていて、それぞれの楽章のテーマがかなりはっきり示されます。「第1部」などは、「第1楽章」の冒頭の4小節を延々と繰り返すなかで、弦楽器のグリッサンドなどを絡み付かせるという陳腐そのもののアイディアです。もちろん、終楽章は予想通りの「タンタカ・タカタカ」という忙しいテーマの応酬。「換骨奪胎」を絵にかいたようなありきたりの作品です。こちらもノットとバンベルク交響楽団による初演のライブ録音、曲が終わると盛大なブーイングが飛び交うのは当然のことです。

CD Artwork © Cantaloupe Music
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by jurassic_oyaji | 2015-06-05 20:33 | 現代音楽 | Comments(0)