おやぢの部屋2
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HOFMANN/Piano Works
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Artem Yasynskyy(Pf)
GRAND PIANO/GP675




アルテョム・ヤスィンスキイさんは、1988年にウクライナで生まれた若いピアニストです。これまでに多くの国際コンクールで入賞された経歴を持っていますが、2013年に開催された第5回仙台国際音楽コンクールのピアノ部門で第3位に入賞されたという点で、仙台市民にはおなじみの方です。このコンクールでは、上位入賞者に対して演奏の場を提供するというアフターケアを行っていますが、その中にはアマチュアのオーケストラとの共演という素晴らしいプロジェクトも含まれています。世界的なレベルにあるピアニストやヴァイオリニストとの共演を、ギャラや滞在費をすべて負担してくれた上で実現してくれるのですから、これはアマチュア・オーケストラにとってはとっても得難い機会となります。
そのプロジェクトの一環として、ヤスィンスキイさんは2014年10月に、仙台ニューフィルハーモニー管弦楽団との共演のために来仙しました。本番の1週間前にオーケストラとのリハーサルを行ったほかに、市内の小学校を巡ってミニ・リサイタルを行うなど、精力的に演奏を披露しています。小学校の校歌をヤスィンスキイさんの伴奏で生徒全員が歌う、といったようなサービスもあったそうですね。
仙台ニューフィルと演奏したのは、ラフマニノフの「パガニーニの主題によるラプソディ」でした。この難曲を、彼は軽々と弾ききっていましたね。その模様は、こちらで見ることが出来ます。オーケストラがそのグルーヴにちょっとついていけてなくて足を引っ張っているところがありますが、彼のピアノの素晴らしさは伝わってくることでしょう。
この演奏の後に、アンコールとしてドビュッシーの「エチュード第11番」が演奏され、さらに盛大な拍手で呼び戻されてピアノに座ったヤスィンスキイさんは、お客さんに向かって、「20世紀の偉大なピアニストではあるが、誰もその作品を聴いたことが無いというヨゼフ・ホフマンの『マズルカ』を演奏します」と言って、「マズルカ Op.16-1」を弾きはじめました。実は、彼はこのコンサートの半年前に、ポーランドのスタジオでその「ホフマン」のピアノ曲をアルバム1枚分録音していたのです。それは、世界初録音を含む、とてもレアなアルバムとなりました。仙台で演奏されていた「マズルカ」は、おそらく日本初演だったはずです。
ポーランドのクラクフ(当時はオーストリア=ハンガリー帝国クラクフ大公国)の近郊に1876年に生まれたヨゼフ・カシミール・ホフマンは、まさに「神童」として、幼少のころからピアニストとして活躍していました。同時に彼は作曲にも天才ぶりを発揮し、なんと4歳の時に最初の作品「マズルカ」を作曲しているのです。そしてその6年後には、このアルバムにも入っているロ短調とニ短調の「マズルカ」を作曲しています。この楽譜は、もう1曲ニ長調の「マズルカ」とともに、当時彼が演奏していた他の作曲家の作品と一緒にまとめられてアメリカで出版されました。その表紙を飾っていたのは、ピーター・パンのような衣装の、かわいらしいホフマン少年のグラビアです。先ほどの作品番号のついた「マズルカ」は、それからさらに5年ほど経ってから作られています。
これらは、いずれも同郷のショパンの影響を色濃く受けた仕上がりになっています。さらに、1893年に出版された4楽章から成る「ソナタ」では、あちこちにシューマンのピアノ協奏曲のモティーフのようなものが顔を出しています。しかし、1903年に出版され、レオポルド・ゴドフスキーに献呈された「4つの性格的スケッチ Op.40」では、ほのかに印象派風の半音階なども見え隠れする、彼独自の個性を感じることが出来ます。
ヤスィンスキイさんは、一音たりともおろそかにしないテクニックと溢れるほどの歌心をもって、これらの作品に命を吹き込んでいます。

CD Artwork © HNH International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2015-06-12 19:58 | ピアノ | Comments(0)