おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
オペラの学校
c0039487_23211787.jpg






ミヒャエル・ハンペ著
井形ちづる訳
水曜社刊
ISBN978-4-88065-363-1




ドイツのオペラ演出家、ミヒャエル・ハンペが書いた本です。ハンペといえば、カラヤンがザルツブルク音楽祭でモーツァルトのオペラを上演した時のドキュメンタリー映像に登場していたことがありましたが、それを見る限り、自分の持ち場の演出の面でもカラヤンにずけずけと介入されている哀れな演出家、というイメージしかありませんでした。
しかし、今では2014年に執筆され、2015年の2月にドイツで刊行された彼の著作が、その4か月後には日本語訳で登場するほど、日本のオペラ愛好家、あるいはオペラ製作者にとっては重要な存在となっていたのですね。実際、彼は新国立劇場が作られた時にはブレインとして参加していたり、その新国立劇場のみならず、他のカンパニーでも実際に演出を手掛けるなど、日本のオペラ界とはかなり深いところでつながりを持っていますから、これは当然のことなのでしょう。彼も日本のパンツを愛用しているのだとか(それは「モンペ」)。
この本の原題は「Opernschule für Liebhaber, Macher und Verächter des Musiktheatres」、直訳すれば「音楽劇場の愛好家、製作者、そしてそれを軽蔑している人のためのオペラの学校」となるのでしょうが、これを訳者は「オペラの学校 すべてのオペラ愛好家、オペラの作り手、そして、オペラ嫌いのために」と訳しました。しかし、タイトルの後半はなぜか帯(↓)に印刷されているだけで、それを外してしまうと表紙にはもちろん、本文のどこにもないようになってしまいます。なんか変。

この「オペラ嫌い」のフレーズは、この本の冒頭、ハンペ自身がインタビューを受けているような体裁で書かれた前書きに登場します。
「嫌いなのは機関、すなわちオペラ作品をそれ相応に上演しようとして、400年もの間、例外はあるものの、その作品の価値を低下させている活動です」

そんな、ほとんど逆説とも捕えられかねない言い方のような、非常に難解で意味の捕えにくい文章が最後まで続くのですが、どうもそれは著者の責任ではなく、もしかしたら意味も分からないで直訳に走ったのではないかと思えるほどの、極めて劣悪な日本語訳のせいなのかもしれません。例えば、「上拍」という訳語。これは「Auftakt」を訳した言葉で、確かに楽典の教科書などには頻繁に登場する単語ではありますが、その実体を理解できる人はどのぐらいいるのでしょう。そのまま「アウフタクト」と訳せば、その理解度は格段に上がるはずですが、それがやはり特殊な音楽用語であることに変わりはないので、適切な注釈を加えるべきだったのでは。それが使われている章のタイトルが「『トリゾフレニア』による上拍」ですよ。いったい何のことかわかりますか?
そのような、まるで読者のことを考慮していないひどい文章を、それなりに理解しようと努めながら読み解くという作業も、時には刺激的な体験です。そんな「苦行」の果てには、間違いなく著者の理想とするオペラ上演の姿が見えてくることでしょう。ここでは、彼のキャリアのスタートは舞台演出家ではなく音楽家(チェリスト)だったということが、重要なポイントです。彼は、スコアを完璧に読む力を備えているのです。したがって、歌手がステージで行わなければいけないことは、全て音楽によってきめられている、と主張しています。これはかなりショッキング。だとしたら、今世界中のオペラハウスで上演されているオペラの演出は、ほとんどが間違ったものだ、ということになるのでしょう。なんと過激なことを。
ドイツのオペラハウスのライブ映像を見ていると、エンドクレジットのスタッフの中によく「ドラマトゥルク」という役職が登場します。これも、ハンペ先生による丁寧な説明を読むことが出来ますから、いったいどんなことをやっている人なのか、詳しく知ることが出来るはずです。これは、かなり有益。

Book Artwork © Suiyosha
[PR]
by jurassic_oyaji | 2015-06-16 23:23 | 書籍 | Comments(2)
Commented by TG at 2016-01-19 11:58 x
>今世界中のオペラハウスで上演されているオペラの演出は、ほとんどが間違ったものだ、ということに
まったくそのとおりだと思います。
Commented by jurassic_oyaji at 2016-01-19 22:40
TGさん。
コメントありがとうございました。