おやぢの部屋2
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BEETHOVEN/Symphony No.3(version for piano quartet)
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Peter Sheppard Skaerved(Vn)
Dov Scheindlin(Va)
Neil Heyde(Vc)
Aaron Shorr(Pf)
MÉTIER/MSVCD 2008




ベートーヴェンの時代には、音楽の「パトロン」はそれまでの貴族階級から裕福な一般市民へと移行していきます。彼らは、演奏会で実際のオーケストラ作品を聴くこともありましたが、それを「ご家庭」で楽しむために、少人数でも演奏できるように編曲された楽譜を求めるようにもなりました。今のようなオーディオ装置などはまだ発明されていませんから、もちろん、サラウンドや、ましてや「ドルビーアトモス」などはあるわけがありませんから、そんな風にちょっとサイズ・ダウンしたものを実際に演奏するしかありませんでした。そんなマーケットを見据えて、出版社や、あるいは作曲家自身が編曲した楽譜が発売されるようになってきます。
「交響曲第3番」の場合は、弟子のフェルディナント・リースに編曲をさせたものが残っていて、そのCDも出ているそうですが、ここではベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が初演された時のソリスト、フランツ・クレメントがおそらく編曲したであろうとされている、リースと同じピアノ四重奏(ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)の形のものが演奏されています。
そんな珍しいものを録音したのは、イギリスのヴァイオリニスト、ピーター・シェパード・スケアヴェッドを中心とするアンサンブルです。ラブホじゃないですよ(それは「スクエアベッド」)。彼は、ここでピアノを弾いているアーロン・ショーアとともに、1999年から2000年にかけてベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの全曲を録音していましたが、これはそれに引き続いて2003年に録音されたものです。10年以上経ってのリリースですね。
曲全体は、なんとものどかな雰囲気で演奏されています。これは、演奏というより編曲自体が、例えばピアノのパートが割と淡々と書かれているように、いかにも「サロン風」なものに仕上がっているせいでしょう。ですから、この編曲からオリジナルが持っている精神をくみ取ろうというのが、そもそも間違っているのかもしれません。逆に、現代音楽なども得意としているスケアヴェッドは、あえてそんな編曲の「弱さ」を表に出しているのでは、とすら感じられてしまいます。フィナーレのフルートによる大ソロはヴァイオリンに置き換えられていますが、そこではピッチも少し不安定にして、いかにも「アマチュア感」を演出しているようです。
ところで、第1楽章の544小節では、一瞬聴きなれないフレーズが出てきて驚かされます。

それは、赤丸の部分が「Bナチュラル」ではなく「Bフラット」で演奏されているため。これは、原資料でもちょっと曖昧なところがあって、

ベーレンライター版ではカッコつきの「ナチュラル」になっていますから、ここには何も臨時記号が付いていなかったことになります。つまり、次の小節に本来必要のないフラットが出てくるので、ここはナチュラルだったのだろう、という推論の上でのナチュラルなのですね。もちろん、この方が旋律的にも自然ですから、今世界中にある「エロイカ」の録音の100%近くは、ここは「ナチュラル」で演奏されているはずです。しかし、クレメントがこの編曲を行った時には、その「間違った」楽譜しかありませんでしたから、それに忠実に従っただけなのでしょう。
ところが、ベーレンライターより少し遅れて新しい校訂楽譜の出版を始めたブライトコプフの楽譜では、なんとこの個所が「フラット」になっているのですよ。


この校訂を行ったペーター・ハウシルトは、以前は東ドイツ時代のペータース版の校訂にも携わっていました。このペータース版の現物は見ることが出来ませんが、おそらくブライトコプフ版と変わらないものでしょう。ところが、このペータース版を使って録音された、と明示されているクルト・マズアとライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の録音を聴くと、ここは「ナチュラル」なんですね。不思議な話です。ですから、ここを「フラット」で聴けるのは、世界中でこのスケアヴェッド盤ただ一つなのかもしれませんよ。

CD Artwork © Divine Art Ltd
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by jurassic_oyaji | 2015-07-06 21:28 | 室内楽 | Comments(0)