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ATAK006





高橋悠治
ATAK/ATAK006



ATAK」というのは、そのサイト(http://atak.jp/)の情報によると、「2002年に音楽家・渋谷慶一郎とモデル・mariaによってスタートした音楽を中心としたレーベル。メンバーに空間デザイナー、ウェブデザイナー、プログラマー等を擁しその活動は多岐に渡る。」というものだそうです。そのレーベルの最新作、高橋悠治の電子音楽を集めたこのアルバムも、いかにも「デザイナー」の発想がぎっしりと詰まった仕上がりになっています。まず、カタログ番号がそのままアルバムのタイトルになっているというのが、おしゃれですね。これだけでは全くアルバムの内容は分からないよう、と言ってもしょうがありません。それで押し通すというのが、「デザイナー」の感覚なのですから。そして、ジャケットもかなりの凝りよう、というか、「凝って」いるのか「手抜き」なのかは判然としないあたりが、やはり「デザイナー」たる所以なのでしょう、緑の地に白抜きの文字がある部分は実はCDの本体、紙ジャケットを切り抜いて、そこだけを見せるというやはりおしゃれなデザインです。もちろん、ライナーノーツのような余計なものは一切なく、曲目だけを書いたタックシールが、PP袋の外側に貼ってあるだけ、ちょっとこれはなくしてしまいそうで心配ですね。そして、最大の関心事、入手経路ですが、かなり大きなショップでも店頭には置かれていないようですから、サイトから入手するのが最も確実です。
このアルバムでは、高橋悠治の最新作から、「処女作」とも言える1963年の作品までを、たっぷり聴くことが出来ます。最初の6曲が、2005年の作品、冒頭の「gs-portrait」では、なんと高橋自身の肉声を聴くことが出来ます。彼の、ちょっと媚びたような語り口は、それだけでとても魅力的です。そして、この中では英語のテキストも語られているのですが、そのブロークンぶりも彼の持ち味、クセナキスの講演会で通訳を務めた時に「Is'nt it~」で始まる「否定疑問文」が当時の「楽壇」を賑わしたことがありますが、そんなことが懐かしく思い出されるような、そんな英語の語りです。「電子音」のパートは、決して冗長にならない、ごく切りつめられたフレーズが耳に残ります。その、ちょっと排他的なサウンドの中に、いかにも「悠治」というパーソナリティが感じられるのはなぜかと考えてみたら、これは、まさに彼の書く文章の持ち味そのものではないですか。慎重に言葉を選び、突き放すような一撃で完璧にメッセージを伝えるという彼の多くの文章にみられるテイスト、それが、この音楽と見事に符合していたのです。
1989年の作品「それと、ライラックを日向に」という、このアルバムの中では最も長い曲では、そんな、ある種無機的なものの中に、全く異なる要素を持つ部分が存在することが確認できるはずです。ここでも作曲者自身の肉声が聴けるのですが、カフカのテキストによるそのタイトルの部分が語られる時、周りの情景はとても懐かしい肉感的なものに変わります。日本語で語られる彼の言葉はとても素直で柔らかいもの、それは、変調を加えられたドイツ語の部分との、見事な対比を見せています。彼にとっては不本意かもしれませんが、ここには確かに人間の感情に背かない豊かな情感が波打っています。
そして、最後に収録されているのが、「幻の音源」とされていた1963年の「Time」という作品です。真鍋博のアニメのサントラとして作られたもの、何度もダビングを重ねたアナログテープ特有のハムやヒスノイズによって、いきなり40年前の世界に引きずり込まれ、まるで昔の白黒テレビの画面を見ているような錯覚に陥ってしまいますが、ここでの音源の選び方が、最新作と全く変わっていないことには、驚かされてしまいます。
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by jurassic_oyaji | 2005-08-05 21:34 | 現代音楽 | Comments(0)