おやぢの部屋2
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STRAUSS/Sinfonia Domestica, ELLINGTON/A Tone Parallel to Harlem
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Kristjan Jãrvi/
MDR Leipzig Radio Symphony Orchestra
NAÏVE/V 5404




お父さんにもお兄さんにも似ないで頭髪がふさふさのクリスティアン・ヤルヴィは、現在はライプツィヒ放送交響楽団の音楽監督ですが、そのポストでもかなりユニークな企画を敢行しているようですね。このレーベルからは、「クリスティアン・ヤルヴィ・サウンド・プロジェクト」というタイトルのアルバムをすでに2枚リリースしていて、これがその第3弾となるのだそうです。ここでは「Parallel Tones」というキーワードで、リヒャルト・シュトラウスとデューク・エリントンという、全くジャンルの異なる作曲家の間の「類似性」を、「音」として味わっていただこう、というコンセプトで迫ります。
かたやドイツの後期ロマン派の重鎮、かたやビッグ・バンド・ジャズの巨人、この二人の間には何のつながりもないような気がしますが、それは「サックス」という楽器でつながっているのだ、というのがヤルヴィの見解です。1903年に完成したシュトラウスの「家庭交響曲」は、1904年に作曲者自身の指揮により、ニューヨークのカーネギー・ホールで初演されました。シュトラウスは、この曲の中に「アメリカの音」の象徴として4本のサックス(ソプラノ、アルト、テナー、バリトン)をオーケストラの編成の中に加えていたというのですね。とは言っても、これらのサックス群はソロ的な部分があるわけではなく、あくまでトゥッティの時にほかの管楽器と一緒に使われているだけなので、これは単にドイツではなかなか見つからないサックス奏者も、アメリカだったら使えるだろう、という発想だったのではないか、と思うのですが、どうでしょうか?
それから半世紀経った1950年に、デューク・エリントンは、NBC交響楽団の指揮者、アルトゥーロ・トスカニーニからオーケストラ曲の委嘱を受けます。それに応えて作ったのが、この「A Tone Parallel to Harlem(ハーレム組曲)」です。これもヤルヴィによればシュトラウスつながり、エリントンは、シュトラウスのような交響詩を作ってみたい、という野望を持っていたのだそうです。あちらは「上流階級」、こちらは「底辺の階級」の、それぞれの生活を描いたものなのでしょう。もちろん、彼にシンフォニー・オーケストラのスコアを書くスキルはありませんから、オリジナルはビッグ・バンドのスコア、それに、彼の右腕のオーケストレーター、ルーサー・ヘンダーソンがオーケストレーションを施しています。ただ、トスカニーニはそれを演奏することはなく、結局エリントン自身のビッグ・バンド版による録音が、最初に音となって聴衆に達するものとなりました。オーケストラ版が初演されたのは1955年のことです。これは、何人かの指揮者が録音を行っていて、ラトルとバーミンガム市響との1999年の録音を取り上げたこともありました。
この2曲を同じコンサートで演奏したというのであれば、ヤルヴィのコンセプトもはっきりするのでしょうが、どうやら全く別の時期に行われたそれぞれの曲を含むコンサートのライブ録音(しっかり拍手が入っています)を、アルバムとしてカップリングした、というあたりが、なんか中途半端なような気がします。それよりも問題なのは、「家庭交響曲」での編集ミスです。それは、トラック4のタイムコード05:16付近。そこで誰が聴いても分かるような「音飛び」が起こります。正確には、それから22秒前に戻るという「音戻り」なんですけどね。楽譜だと、練習番号「64」の8小節目の頭から、3小節目の頭に戻って、そのまま演奏が続く、という状態です。つまり、ここではその5小節分がまるまる繰り返されているのです。原因として、マスタリング・エンジニアが酔っぱらっていたことが考えられます(それは「仮定交響曲」)。さらに、つまらないことですが、録音のクレジットでもマイクアレンジに関してのミスプリントがあります(誤:outtrigger → 正:outrigger)。これだけのことで、このレーベルに対する信用は地に堕ちます。

CD Artwork © NAÏVE
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by jurassic_oyaji | 2015-07-23 23:23 | オーケストラ | Comments(0)