おやぢの部屋2
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VERDI/Macbeth
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Giuseppe Altomare(Macbeth)
Giorgio Giuseppini(Banco)
Dmitra Theodossiou(Lady Macbeth)
Dario Di Vietri(Macduff)
Dario Argento(Dir)
Giuseppe Sabbatini/
Schola Cantorum San Gregorio Magno
Orchestra Filarmonica del Piemonte
DYNAMIC/57689(BD)



イタリア北東部、ピエモンテ州のノヴァーラ市にある歴史あるオペラハウス、テアトル・コッチャで2013年に上演されたヴェルディの「マクベス」のライブ映像です。このオペラの原作はもちろんシェイクスピアによる英語の戯曲です。同じシェイクスピアの作品のオペラ化でも、「オセロ」はきちんとイタリア語読みに「オテロ」と呼ばれているのに、こちらは英語読みの「マクベス」が定着しているのはなぜでしょう。実際に、歌っている人たちはみんな「マクベット」と発音しているというのに。
魔女の予言を真に受けて、自らの野望のために先王を殺害して国王と王妃の地位を獲得したマクベス夫妻、しかし、妻は良心の呵責から狂死、夫も先王の家臣に首をはねられてしまうという、これはなんともやりきれないお話です。いや、ちょっと先走りました。確かに、マクベスは最後には殺されますが、別に「首をはねられる」というわけではありません。それは、ここで演出を担当した、ホラー映画の世界ではとても有名な映画監督、ダリオ・アルジェントのアイディアだったのです。反乱兵たちに囲まれ、椅子に座らわされたマクベスの首を切り落とし、その生首を高々と差し上げる、マクベスに追放された貴族のマクダフ、首のなくなったマクベスの肩口からは、まるで噴水のように血が噴き出すという、なんともグロテスクなシーンは、完全にB級ホラー映画の手法を取り入れたものです(ほら、よくあるでしょ?)。この「全身から血が噴き出す」という陳腐な演出は、同僚のバンコーが殺された時にすでに使われているので、なんの新鮮味もないのですがね。
第1幕と第3幕に登場する「魔女」も、今まで見た映像ではそれぞれにアイディアが凝らされているものでした。ここでこの映画監督がとったのは、「3人の全裸の女性」を登場させるというやり方でした。幕開けにいきなりこんなものが出てくるのですから、インパクトから言ったらこれはかなりのものがあります。しかし、BDのボーナストラックでのインタビューでこの件について語っている時の映画監督の目には、ただのエロジジイのいやらしさしかありませんでしたよ。これは、その程度の底の浅い演出です。しかも、「全裸」と言いながらしっかり前貼りがあるのですからね。何より腹が立つのは、カーテンコールで彼女らが出てきた時には、みんなワンピースを羽織っていたということです(え?)。
もう一つ、彼が誇らしげに自画自賛していたのが、マクベス夫妻の愛の深さを描くために設けたという第2幕のセックス・シーンです。妻が夫の上に馬乗りになり、腰を使うと夫は白目をむいて悶えるという、ここでもエロオヤジ度全開の意味のない演出です。そもそも、時代を現代に置き換えたのは戦争の悲惨さを伝えたかったからなんですって。そんなもん、このエロの猛攻の中では、どこかにすっ飛んでしまっています。
そもそも、この監督は舞台での演出というものにはそれほどのスキルがないようで、合唱などはいったい何をしたらいいのかわからずにうろうろしているだけ、バンコーの亡霊が出てくるシーンなどは、まるで学芸会でしたね。極めつけは、その合唱団の歌のあまりのヘタさ。そしてオーケストラも、最初のチューニングでとんでもない集団であることが分かってしまい、もうはらはらのしっぱなし、大詰めのフーガの部分などは完全に崩壊していましたね。サッバティーニって、いつの間に指揮者に転向していたのでしょう。譜面台をあんなに立てて指揮をする指揮者なんて、初めて見ました。
それでも、ソリストたちがきちんと自分の仕事をしていれば何とかなるというのが、オペラの面白いところです。テオドッシュウもアルトマーレも、とても楽しめました。
あ、ちゃんと日本語字幕も付いてます。でも、それを選択するときには「日本人」というところを選ばなければいけません。

BD Artwork © Dynamic Srl
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by jurassic_oyaji | 2015-07-31 21:22 | オペラ | Comments(0)