おやぢの部屋2
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Music in Life
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Umi Garrett(Pf)
NAXOS/NYCC-10004




「8歳でオーケストラと共演」とか、「9歳でアルバムをリリース」といった騒がれ方をされているまさに「天才少女」、ウミ・ギャレットが、「12歳」の時に録音したセカンド・アルバムです。もともとは2013年に録音されて、アメリカのインディーズ・レーベルからリリースされたものですが、それが2年も経ってからナクソス・ジャパンからリリースされた時には、彼女はもう「14歳」になっていましたね。ちょっと「天才少女」として売り出すには、微妙な年齢です。

このアルバムのジャケットは、インディーズ時代のデザイン(↑)がそのまま使われています。ただ、その時にはあった作曲家の文字が、今回はなくなっていました。ショパンから始まってベートーヴェン、ドビュッシー、ガーシュウィン、モーツァルト、そして最後にもう一度ショパンで締めくくるというラインナップです。ここには、おそらく今回のリリースに合わせて書かれたであろう、アーティスト自身のライナーノーツを読むことが出来ます。ここで演奏している曲への思いとともに、2013年に来日した際に訪れた東日本大震災の被災地のことなどが、そこには語られています。
彼女はアメリカ在住のピアニストですが、写真を見ればわかるようにアジア系の顔立ち、もしかしたら岩手県民なのかもしれませんが(それは、「ウニ・ギャレット」)、そのあたりのことはプロフィールでは全く触れられていません。でも、確実に日本人にとっては親近感のわくルックスであることは間違いありません。
こういう「天才」の演奏を聴くときには、その人が将来どんなピアニストになるのかということを考えないわけにはいきません。単に「若い」というだけでもてはやされて終わってしまうのか、真の巨匠へと成長するのか、というのをこの「原石」から予想するのは、とても楽しみなことです。
正直、最初にとても豊かな残響の伴った音でショパンのエチュードが聴こえてきたときには、なにか真綿にくるまれたようなふわふわとした印象を受けてしまいました。その「黒鍵」というニックネームの付いた曲は、刺激的なところが全くない、つるつるしたものだったのです。続くノクターンも、あまりにあっさり演奏されているので、そこからはショパン特有の「いやらしさ」がほとんど感じられません。
次のベートーヴェンの「月光ソナタ」でも、やはり薄味の印象は免れません。そつなくまとめてはいるのだけれど、そこから一歩踏み込んだ表現がほとんど見られないようなのですね。例えば最後の激しい楽章で、最初のテーマが終わって次のちょっとイメージが変わる優美なテーマに移るときに、彼女は何もしていないように感じられてしまうのですよ。聴いているものにとっては、これだけ楽想が変わるシーンなので、それがはっきり分かるような方向付けが欲しいところなのに、そのまんまの状態で連れて行かれるような、とてもちぐはぐな感じを受けてしまいます。そのあとで聴こえてきてほしいトリルも、ほかの声部とのバランスのとらえ方の違いでしょうか、ほとんど聴こえなくなっていたので、別な楽譜を使っているのでは、と思ってしまったほどです。
そのあとに、唐突にドビュッシーの「月の光」が演奏されています。まあ、そういう「名曲集」なのでしょうから別にいいのですが、それが「ドビュッシー」である必然性が感じられない、ほとんどベートーヴェンの流れの中の音楽だったのには、ちょっと失望させられます。メロディラインだけが聴こえてきて、ハーモニー感がとても稀薄なんですよね。次のガーシュウィンの「前奏曲」も、ブルースっぽい感じは皆無ですし。
ただ、最後に演奏されているもう1曲のショパン、「スケルツォ第1番」は、今までのものとはちょっと別格、そこからは確実に迷いのない彼女自身の音楽が聴こえてきました。これが彼女のポテンシャルだとしたら、いいピアニストに育つかもしれませんね。

CD Artwork © Naxos Japan Inc.
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by jurassic_oyaji | 2015-08-08 21:19 | ピアノ | Comments(0)