おやぢの部屋2
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Solitude
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Stefán Ragnar Höskuldsson(Fl)
Michael McHade(Pf)
DELOS/DE 3447




ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)のオーケストラのフルート奏者は正規のメンバー4人のほかに、「アソシエート」という契約団員が1人加わって、5人で連日のオペラ公演をこなしています。これがウィーン国立歌劇場あたりだとメンバーは6人、オーケストラ全体でももう少し余裕を持った人員が確保されているようですが、なんせMETの場合はそれぞれのメンバーの技量がとんでもなく高いそうですから、これで十分なのでしょう。
管楽器では首席奏者がそれぞれ2人ずついます。フルートの首席奏者はデニス・ブリアコフが有名ですが、もう一人、もっと前から首席を務めているのがステファン・ラグナー・ホスクルドソンというアイスランド生まれのフルーティストです。これは、彼がアイルランド生まれのピアニスト、マイケル・マクヘイルとともに2013年に録音したアルバムです。余談ですが、アイスランドの場合、男性のラストネームの最後には必ず「ソン」が付きます。しかも、その前(「ソン」の前)に来るのは、父親のファーストネームなのです。女性の場合は、「ソン」が「ドッティル」になります。
タイトルの「Solitude」というのは、この中で演奏される無伴奏の曲の題名です。この曲を作ったのがマグヌス・ブロンダル・ヨハンソンという、やはりアイスランドの作曲家(1925-2005)です。もともとはマニュエラ・ヴィースラーのために1983年に作られたもので、彼女によって録音されたCDもあります(BIS/CD-456)。

今回のCDでのライナーノーツでは、この曲の解説として、このヴィースラーのアルバムのパンフレットにある彼女自身のライナーがそのまま引用されています。ただ、作品に関しては全く同じものですが、作曲家のプロフィールに関する部分は別物。ヴィースラーは「かつてはシリアスな音楽を作っていたが、最近になってシンプルなスタイルを見つけた」と、サラッと書いていますが、こちらではもっと詳細にそのあたりの「事情」が述べられています。なんでも、奥さんを亡くしたせいでアルコール依存症になり、10年近く作曲が出来なくなっていたのだそうですね。
これはそんなところから立ち直った時期に作られたものです。まるで日本の尺八本曲のように、ほのかに五音階のようなものが見え隠れする中から、なんとも言いようのない「孤独感」が漂ってくるという、ちょっと物悲しい作品です。その寂寥感はヴィースラーの演奏からも十分に伝わってきましたが、ここでのホスクルドソンの演奏はそれに加えて同国人ならではのシンパシーなのでしょうか、一つ一つの音そのものにさらに深い意味が見いだされるような、すごいものになっています。
最後に収録されているのは有名なプロコフィエフのフルートソナタです。それまでにシューベルトやリーバーマンで、ホスクルドソンの卓越したテクニックには関心させられていたのですが、このプロコフィエフでは、逆にそんなテクニックにはちょっと遠慮してもらって、もっと内省的なものを聴かせたいのでは、というような気がしてしまいます。特に、第2楽章や第4楽章のようなとてつもないテクニックが要求される部分では、あえてテンポを抑え気味にしています。その結果、第4楽章では、今まではそんな超人芸に隠れてあまり見えてこなかった、もっとどす黒い側面が表に出てきています。それは、まるでショスタコーヴィチのような「重さ」と「暗さ」を持っていたのです。八分音符だけの単純なピアノ伴奏のリズムが、まるで軍靴の音のように聴こえるような気さえしてきます。考えてみれば、このソナタが作られたのは第二次世界大戦のさなか、ショスタコーヴィチがあの「レニングラード交響曲」を作った時期とほとんど同じころなんですよね。
ただ、おそらく録音のせいでしょう、フルートの音がなにか美しさに欠けるのが難点です。ピアノの音はとても繊細に録音されているというのに。

CD Artwork © Delos Productions, Inc.,
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by jurassic_oyaji | 2015-08-14 19:58 | フルート | Comments(0)