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Il Trionfo di Dori
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The King's Singers
SIGNUM/SIGCD414




こちらでご紹介したように、半世紀近い歴史を誇るイギリスのヴォーカル・グループ「キングズ・シンガーズ」は、2012年に初めてイギリス人以外のシンガーをメンバーに加えるという大英断を下しました。まあ、でも、それはオーストラリアの人ですからかつての大英帝国の名残と思えば納得も行きます。しかし、それから2年後の2014年、それまで17年間在籍したテナーのポール・フェニックスが脱退した時に後任として加入したのは、母親が日本人のジュリアン・グレゴリーでした。テナーといえば、このグループの要と言っていいパートです。かつてボブ・チルコットがそのポストにあった時には、さんざんなものでしたからね。その重要な役割を、この明らかに東洋人の顔立ちのメンバーが担うというのは、なんか誇らしいというか、ちょっと不思議な気がします。いずれにしても、このジュリアン君の加入で、このグループはこれからどのようの変わるのか、楽しみです。

今年リリースされた彼らの最新のアルバムではこの新メンバーの声が聴けるかな、と思ったら、これは2013年の録音ですから、まだジュリアン君が入る前の時のものでした。残念。ポール・フェニックスの最後のセッション、ということで聴かせてもらうことにしましょうか。
今回彼らが取り上げた「ドーリの勝利」という曲集は、イタリアで作られた多声部の合唱曲「マドリガル」が隆盛を極めていた時代、1592年にヴェネツィアの出版業者、アンジェロ・ガルダーノによって出版されました。全部で29曲のマドリガルが集められている曲集ですが、それぞれ作詞家も作曲家も別の人、というのがすごいところです。言ってみれば、当時のヒットメーカーを一堂に集めたというとんでもないオムニバス・アルバムですね。なんでも、この曲集は17世紀初頭までヨーロッパ中でヒットを続け、7刷も重ねるほど「売れた」のだそうです。
そもそもこの曲集は、ヴェネツィアの貴族レオナルド・サヌードの委嘱によって作られました。彼が1577年にエリザベッタ・ジュスティニアンという美しい女性と結婚した時に、その記念(あるいはのちの結婚記念日)のために、ガルダーノとの共同作業で作り出したものです。彼は自ら作詞家にテキストを発注、そこで要求したのは自分の妻を大洋の神オケアノスの娘で海の妖精のドーリになぞらえて、その徳と美しさを讃えるという内容です。そして、テキストの最後にはすべて「Viva la bella Dori」つまり「美しいドーリ万歳!」というフレーズを付け加えることも。
そんなものを29人分用意して、それをさらに29人の作曲家に今度は曲を付けるように依頼するというのですから、サヌードはよっぽど奥さんが好きだったのでしょうね。こんなものを贈られた時のエリザベッタのリアクションがどんなものだったのか、知りたいものです。いや、もしかしたら、サヌードは醜男だったので、不釣合いの美人の妻を引き留めるためにこんなことをやったのだとか。
いずれにしても、そのおかげで、後世に残るアンソロジーが出来上がりました。そして、これをマネした曲集も、多数出版されたのだそうです。
ここに登場する作曲家で、実際にほかの作品を聴いたことがあるのは、オラツィオ・ヴェッキ、ジョヴァンニ・ガブリエリ、ルカ・マレンツィオ、そしてジョヴァンニ・ピエルルイージ・ダ・パレストリーナの4人しかいません。残りの25人は、よほどの好事家でなければ知らない名前でしょう。あるいは、すでに歴史に埋没して、ここだけに名前が残っている「一発屋」とか。「レオーネ・レオーニ」などという、絵本作家みたいな名前の人もいますし。
キングズ・シンガーズにとっては「原点」とも言えるマドリガル、ここでも真摯な演奏が聴かれます。でも、この曲集の意味を踏まえたのか、さっきのさまざまな「Viva la bella Dori」のところでは、思い切り羽目を外しているような。

CD Artwork © Signum Records Ltd
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by jurassic_oyaji | 2015-09-11 20:51 | 合唱 | Comments(0)