おやぢの部屋2
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BACH/Saint Matthew Passion
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David Lloyd(Ev), William Wildermann(Jes)
Adele Addison(Sop), Betty Allen(MS)
Charles Bressler(Ten), Donald Bell(Bar)
Leonard Bernstein/
The Collegiate Chorale etc., New York Philharmonic
SONY/SICC 1919-20




バーンスタインが「マタイ」を録音していたなんて、初めて知りました。それもそのはず、これは「日本初発売・初CD化」なのだそうです。しかし、調べてみるとUSA盤のCDが1999年にリリースされていましたね。ですから、「初CD化」はウソだということになります。とは言っても、もはやUSA盤は廃盤でしょうし、なんたって今回の国内盤はおそらくオリジナルのLPを復刻したジャケットでしょうから、価値はあります。さらに、ここにはボーナス・トラックとしてアメリカ盤にも入っていたバーンスタインの「解説」が日本語の対訳付きで収録されています。
そうなんですよ。これが録音されたのは1962年、ニューヨーク・フィルの音楽監督として大活躍していたバーンスタインは、「ヤング・ピープルズ・コンサート」にかかわるなど、音楽の啓蒙活動に余念のない頃でしたから、レコードでも嬉々としてこのような解説を行っていたのですね。
ここで彼が語っている「マタイ」の姿は、当時としては画期的な見解だったのではないでしょうか。おそらく「宗教曲」の最高峰として敬われていたこの作品の中に「ドラマ」があると説いていたのですからね。現在でこそ、それはこの曲に対する正統的なアプローチとなっていますが、バーンスタインは当時の音楽状況・時代様式の中で、それをやろうとしていたのですから、今となってはややちぐはぐな感じは否めません。しかし、出来上がったものには確かな熱気が感じられます。
その「熱気」、例えば最後の合唱などは、まさに人間的な熱さを思い切り込めたものになって現れています。遅めのテンポで始まった序奏では、コントラバスが普通の楽器では出せない最低音のCをこれでもかというぐらいの気迫を込めて弾いています。そんな強固なサウンドの中で、合唱もオーケストラも渾身の力をひねり出しているようです。しかし、その最後のアコードでは、なんと「フェイド・アウト」を行っています。この曲、あるいはバッハの永遠性を、これほど如実に表した演出は、この時代だからこそ可能だったのでしょうね。
これをもって、「メンゲルベルクの再来」というような評価を耳にしますが、それはちょっと的外れ。全体的には、バーンスタインはもっとクールな演奏を心掛けています。特に、ソリストのアリアでは、メンゲルベルクのようなテンポの揺らしは皆無で、今のピリオド楽器の演奏家の方がよっぽどベタベタした表現をおこなっているくらいです。ただ、コラールではかなりの表情づけを合唱に要求していることは感じられます。
いかんせん、ここで歌っている合唱団は、この指揮者の要求を叶えるだけのスキルは持ち合わせていないために、そこでは何とも言えない齟齬が生じているのが興味深いというかおかしいというか。ただ、そんなダメな合唱団が唯一その魅力を発揮させているのが、62番(旧番号は72番)のコラールです。音程もバラバラ、出だしもバラバラというその悲壮感が、イエスの死に対する悲しみを痛いほどに伝えていますよ。
バーンスタインの意向でしょうか、ここではかなりのカットが入っています。そのせいで、ブックレットの曲目表示はデタラメ。エヴァンゲリストは31番(旧番号37番)のレシタティーヴォを5小節歌っただけで、コラールやアリアをすっ飛ばして38番a(45番)の「ペテロの否認」に進んでいるのに、それが全く表示に反映されていません。ま、ソニーの国内盤スタッフにそれを望むのは、そもそも無理なことなのでしょう。なんせ、ニューヨーク・フィルの首席フルート奏者の名前を「ジョン・ワマー」などと書いているのですからね。そんな人、いたかな、と思って49番(旧番号58番)のソロを聴いてみたら、今だったらどこのオーケストラにも雇ってもらえないほどの縮緬ビブラート満載の、紛れもない「ジョン・ウンマー」の音でした。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
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by jurassic_oyaji | 2015-10-29 20:23 | 合唱 | Comments(0)