おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
PROKOFIEV/Symphony No.5, Scythian Suite
c0039487_22431041.jpg



Andrew Litton/
Bergen Philharmonic Orchestra
BIS/SACD-2124(hybrid SACD)




アンドリュー・リットンとベルゲン・フィルのSACDは、以前からとても楽しませてもらっていましたが、最近リリースされたこのプロコフィエフでもやはり、まずその卓越した録音が健在だったのがうれしいですね。フォーマットも以前の24bit/44.1kHzから24bit/96kHzになり、さらに余裕を持ったハイレゾが楽しめるようになっています。弦楽器は、まさにオーケストラでしか味わえない「マス」としてのえも言われぬテクスチャーで迫ってきますし、木管はそれぞれの奏者の個性までもが感じられるほどの立体感があります。金管の抜けるように鮮やかな響きや、打楽器のエネルギーは体全体で感じることが出来るほどです。
録音に使われているのはいつもの彼らの本拠地、ベルゲンにある「グリーグ・ホール」です。このホールは写真で見ると扇形のだだっ広いワンフロアなので、あまり音は良くなさそうな気がするのですが、ライブではなく、お客さんの入っていないところでのセッション録音なので、適度の残響によってとても豊かな響きが加わっています。
リットンとベルゲン・フィルとのプロコフィエフは、2005年に録音された「ロメオとジュリエット」と2012年に録音された「交響曲第6番」(それに、フレディ・ケンプのバックでピアノ協奏曲の2番と3番)がありましたが、今回は2014年に録音された「交響曲第5番」と「スキタイ組曲」という有名曲のカップリングです。
「交響曲第5番」が作られたのは1944年、第2次世界大戦の末期です。それ以前にドイツ軍がロシアに侵入したことに対する抗議の意味が込められているのだ、とされている作品ですが、同じころに同じようなモティヴェーションで作られたショスタコーヴィチの「交響曲第7番」ほどの深刻さはほとんど感じられないのは、同じ「ソ連」の作曲家でありながら、この二人が本質的に異なるキャラクターをもっているからなのでしょう。
さらに、今回のリットンは、このプロコフィエフの「明るさ」をより際立たせるような演奏を行っているせいか、そのショスタコーヴィチが1時間近くの時間をかけた末に達した歓喜の境地に、プロコフィエフはすでに第1楽章で達してしまっているように感じられてしまいます。冒頭に現れる民謡風のモティーフは、その楽章の最後にはまさに華々しいクライマックスを迎えて、勝利の喜びを歌い上げています。その陰で、時折聴こえてくるちょこまかしたせわしないモティーフが、おそらく逃げ惑うドイツ兵なのでは、などという分かりやすいイメージが、彼のタクトからは伝わってきます。
続く第2楽章、そして最後の第4楽章も、まさにエンターテインメントとしての浮き立つような気分が満載、そのため、その間に挟まる第3楽章のちょっとダークな側面までも際立たせています。この楽章だけは、それこそショスタコーヴィチを思わせるような不思議なテイストが漂っていますね。それは、チャイコフスキーの「眠りの森の美女」やベートーヴェンの「月光ソナタ」の引用のせいでしょう。
カップリングの「スキタイ」も、このころ(作られたのは1916年)の作曲家のとんがった作風を前面に押し出した、見事な演奏と、そして録音です。おいどん、好きたい。一部の人たちの間では有名な2曲目の「邪神チェジボーグと魔界の悪鬼の踊り」などは、かつてNAXOSのハイレゾ・コンピのデモとして使われていたオールソップのBD-Aなどは裸足で逃げ出すほどのぶっ飛んだ録音です。三連符が続く箇所で不規則にアクセントが付けられている部分からは、まるでストラヴィンスキーのような荒々しさも聴こえてきます。
ただ、最近フルートの首席奏者が変わったのでしょうか、このオーケストラのサウンドとは微妙に齟齬のあるきついビブラートには、ちょっとなじめません。12年間リットンが務めた首席指揮者のポストも、2015/16年のシーズンからはエドワード・ガードナーが引き継いでいますから、もうこれ以後の録音もないのかも。

SACD Artwork © BIS Records AB
[PR]
by jurassic_oyaji | 2015-11-23 22:45 | オーケストラ | Comments(0)