おやぢの部屋2
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BEETHOVEN/Symphony No.9
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渡辺洋子(Sop), 長野洋奈子(Alt)
藤沼昭彦(Ten), 栗林義信(Bar)
近衛秀磨/
二期会合唱団
読売日本交響楽団
NAXOS/NYCC-27295




1968年に録音が行われた「学研・世界の名曲」シリーズも、これが最後となりました。こちらは9月の録音、会場は、今は無き新宿の厚生年金会館です。すでに解体されていて、後世には残りませんでした。この当時はまだ音楽専用のコンサートホールなどは日本にはありませんでしたから、この前の録音に使われた世田谷区民会館や杉並公会堂(改修前)といった多目的ホールでオーケストラのコンサートや録音が普通に行われていました。その点では、今では状況は格段に向上しています。
そんなわけですから、この頃の録音ではホール内の豊かな響きを取り込むといった、今は普通に行われていることはできず、マイクで直接音を拾ってそこに人工的な残響を加えるような操作も行われていました。このシリーズの一連の録音もまさにそんなやり方で作られたものですから、なんとも余裕のないギスギスとした音を聴かされることになるのですが、これが当時の日本の精一杯の技術の成果だったのでしょう。そんな時代があったのだ、というサンプルとして聴くほかはありません。
ただ、いかに録音のクオリティが低かったとしても、曲の最後の音がまだ残っているうちにカットして終わらせてしまうというマスタリングのやり方は、許せません。あるがままの姿をそのまま聴かせるというのが基本なのではないでしょうか。それとも、マスターテープがすでにそのようなカットアウトが施されているものだったのでしょうか。
ということで、ついに「第9」の「近衛版」が聴けるようになりました。元の学研のCDにプログラム・ノーツを執筆なさっていた宇野先生が、「リタルダンドをしなくてもいいように4分の3拍子に変えている」とお書きになっているということは、このスコアが出版されているということなのでしょうか。ぜひ見てみたいものですが、とりあえずは耳で聴いて判断するしかありません。しかし、楽譜など見なくても、ただ聴いただけでもはっきり分かる違いがいくらでも見つかりますから、ちょっと普通と違うな、というところがあったら「普通の」スコアを見て確認すればいいだけの話です。特に金管楽器やティンパニは、隙があれば入り込もうと狙っていますから、至る所でほかのパートの補強が聴こえてきます。
それと、ベートーヴェンの時代の管楽器は音域が限られていたので、それに合わせるためにやむなく音型を変えた、というところがこの曲には山ほどあります。例えば、第2楽章の139小節目からは、4つの木管楽器(オーボエだけは2小節目から)のソロで「ソラシドレミファミファソラシド」というスケールを吹くのですが、最後の「シド」だけは当時のフルートでは出せないので1オクターブ下に折り返されています。もちろん、現代の楽器ではこの音自体は出せますが、それをレガートで吹くのはかなりの難易度、そこで近衛はここをピッコロに吹かせています。ピッコロにとってはこんなスケールは楽勝、それで完璧に求められている音が得られるのです。なんでも、近衛自身は「ヘタなオケでもちゃんと鳴るように」改訂を行ったのだとか、こんなところがそんな好例ですね。
このピッコロは、そんな使い方だけではなく同じスケルツォのフォルテの部分ではほとんど出ずっぱりという状態で活躍しています。音楽全体の輪郭が、これでくっきり描かれて、とてもきりっとしたベートーヴェンの姿が浮かび上がってきますね。ただ、「本業」の4楽章のマーチの部分で、高音のFを派手に出しそこなっているのに修正されていないのは、セッション録音とはいってもかなり時間が限られていてそんな細かいところまで録り直している余裕がなかったからでしょうね。
そんな劣悪なセッションでも、近衛は妥協せずに精一杯自分の音楽を後世に残しました。最後の「うちのごはん」でこんな大見得を切れるのは、近衛しかいません。

CD Artwork c Naxos Japan, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2015-12-11 20:17 | オーケストラ | Comments(0)