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シベリウスの交響詩とその時代
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神部智著
音楽之友社刊
ISBN978-4-276-13055-5




昨年、2015年はシベリウスの生誕150年ということで、コンサートやCDなどのリリースで盛り上がっていましたね。ただ、彼は1865年の12月8日に生まれていますから、正確には昨年のその日が「生誕150年」の始まりで、今年の12月まではそれが続くことになります。でも、おそらく世間では2016年になったとたんに、昨年のようなシベリウス・フィーバーはきれいさっぱりなくなってしまうのでしょうね。そんな、正確な意味での「150年」の始まりごろに刊行されたのが、この本です。
著者の神部さんという方は、おそらく今の日本では最もシベリウスに関しての多くの情報に通じているのではないでしょうか。そのお仕事の一端である、音楽之友社から出版されている交響曲のスタディ・スコアの校訂と、その解説の精緻さには、驚きを隠せません。以前からシベリウスの作品はブライトコプフ&ヘルテルから全集の刊行が続いており、そちらのスコアの方がよりオーセンティックなものだと思っていて、こちらにはほとんど見向きもしていませんでしたが、ある日実際に手に取ってみるときちんとその全集版の校訂結果を反映されている上に、「日本語」で最新の情報が詰まった的確な解説が読めることが分かったのは、本当に衝撃的でした。現在は「3番」までしか出ていませんが、継続して残りのものも出版が予定されているというので、とても楽しみです。
そんな神部さんの、タイトルだけを見ると単にシベリウスの「交響詩」だけに特化した解説書が出たのかと思っていたのですが、これも「実際に手にして」みると、そんなジャンルを超えた広く深い内容のものだったので、改めて驚いているところです。
つまり、ここでは一応、「交響詩」と言われているものを作曲年代順に扱うという構成にはなっていますが、どうやらそれらの交響詩たちは、単に年代を区切る「骨格」として配置されているだけのようなのですね。もちろんそこではその交響詩のアナリーゼっぽい「楽曲解説」も述べられていますが、もっと肝心なのはその骨格に絡み付いている「筋肉」や「皮膚」といったパーツに相当する、それが作られたころに作曲家はどのような状態(精神的なものから経済的なものまで)にあったか、とか、その頃の国際情勢がどのようなものであり、それが作曲家の創作活動、さらには生活そのものにどのように影響を与えていたかということが、実に詳細に語られているのですよ。それによって、それぞれの曲の位置づけやそこに込められた作曲家の意思がよりはっきりするのは、言うまでもありません。
それらの語り口が、とても分かりやすい文章で綴られているのも大きなポイントです。「クレルヴォ」の章などは、まるで推理小説のようにこの曲の「謎」とされていた事柄を明快に解いてくれるのではないでしょうか。
さらに、それらを語るときには、実際の資料を具体的に提示しているという点が、とてもリアリティを感じさせてくれます。シベリウスの自筆稿や書簡、日記なども、今では新しい研究が進んでいるそうで、そこからはかなり精度の高い「事実」が読み取れるようになっています。さらに、彼の作品についての評価なども、驚くほど多くの資料によって発表された当時の巷のコメントが生々しく伝えている内容が紹介されています。
そのような手法で著者が目指したのは、よく言われている「フィンランドの国民的作曲家」としてのシベリウス像を超えた、より普遍的な音楽を生涯にわたって追及していた作曲家の姿を明らかにすることでした。そこから見えてくるものは、いたずらに世間の潮流に身を任せることなどは決してない、自身の信じる道を生涯にわたって貫いた求道者の姿です。この本には、そんな作曲家の作ったものを、より深いところで聴いてみたいと強く望まずにはいられないような力が漲っています。

Book Artwork © ONGAKU NO TOMO SHA CORP.
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by jurassic_oyaji | 2016-01-04 20:39 | 書籍 | Comments(1)
Commented by desire_san at 2016-01-05 09:29
新年おめでとうございます。
よき新春をお迎えのことと、お喜び申し上げます。
新年にちなんで京都の舞妓さん、芸妓さんの写真をアップしました。
合わせてマーラーの交響曲3番を生演奏で聴いた感想を書いてみました。
ご笑覧いただければ幸いです。
本年もよろしくお願い申しあげます。