おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
SILVESTROV/Sacred Choral Works
c0039487_20514676.jpg



Sigvards Kļava/
Latvian Radio Choir
ONDINE/ODE 1266-5(hybrid SACD)




1937年といいますから、あのペンデレツキの数年後に生まれたウクライナの作曲家、ヴァレンティン・シルヴェストロフの、最近の無伴奏合唱曲を集めたアルバムです。ロシア料理みたいな名前ですね(それは「ストロガノフ」)。この方はペンデレツキ同様、この世代の作曲家にありがちな作風の転換が激しかった人のようですね。1960年頃の作品をちょっと聴いてみましたが、もろ12音のとんがった音楽、まさにあの時代の「現代音楽」のムーヴメントの只中を突き進んでいた、という印象を強く受けました。そしていつのころからか、中世やルネサンスの音楽や、民族的な素材に目を向けてガラッと変貌する、というありがちなパターンをこの人もたどることになったのでしょう。
このアルバムに収録されている作品の大部分は、2005年から2006年にかけて作られたもの、ここではそのような作風がとても洗練されていった結果、いともすがすがしい、言い換えれば毒にも薬にもならないようなものが大量に生産され始めている、という気が強くします。結局、あの頃の「現代音楽」はなんだったのかという疑問が深まる材料がまた一つ増えたことになるのでしょうか。
おそらく、それを聴くものとしてはそのような「過去」とはきっぱり縁を切った、今の時代に心地よく受け入れられるとても豊かなハーモニーとメロディラインを持つ「合唱曲」としてこれらを味わい、相応の「癒し」なり「快楽」を得るというのが正しい道なのでしょう。そういう聴き方に徹する限り、これらの作品はとても美しいものに思えます。
一番ウケた(いや、心を打たれた)のは、2006年に作られた「夕べ」、「朝」、「夜」の3つの曲から成る「アレルヤ」の3曲目でしょうか。流れるような6/8の拍子に乗って歌われるのはとてもキャッチーなメロディ、それを彩る和声もsus4を多用した、頻繁にテレビドラマのバックに流れる音楽に登場するお馴染みのものでした。他の作曲家で言えば、たとえばジョン・ラッターとか、日本人だと信長貴富などの作品から感じられる「美しさ」のエキスのようなものがふんだんに織り込まれています。ハ長調で一旦終わったものが、続く「アーメン」ではいきなりホ長調に変わり、それがsus4の9thみたいなテンションコードで終止するという「意外性」まで兼ね備えていますからね。
なによりも、ここで歌っているラトヴィア放送合唱団が、そのような「美しさ」を余さずに伝えようとしている姿勢には、感動すら覚えます。写真で見るとかなり高齢の人もいるようですが、そこからは若い人だけでは決して出すことのできないよく練られた音色が醸し出されています。ハーモニー感も申し分なく、やや残響が過剰気味な教会のアコースティックスの中で、得も言われぬ豊潤な響きを作り出しています。その残響があるために、ハーモニーの変わり目でも前の音が残っていて、2種類の和音が同時に聴こえてきてある意味クラスターのような効果をもたらしているのも、おそらく彼らなりの計算なのでしょう。
先ほどの「夜」にも登場していたテノールのソリストは、そんな合唱の中で完全に主観を排した、いとも存在感の薄い歌い方に徹していました。そのほかの曲でのソリストたちも、全てそのような歌い方、そこからは、もはや音楽というものからは「主張」などというものは必要ないのだという、今の時点での作曲家の信条がとても強く感じられます。それは、このアルバムの中での唯一の前世紀(1995年)に作られた「二部作」という曲では、しっかりフル・ボイスで歌い上げるようなところがあることから、少し前とは微妙に音楽に込める気持ちが変わっているようにも思えるからです。ただ、この中の2曲目「遺言」の最後に現れるソプラノ・ソロとテノール・ソロとのしっとりとした掛け合いには、思わず泣けてきます。このあたりの情感の上澄みだけを掬い上げたのが、残りの今世紀の作品群なのかな、と勝手に推測させてください。

SACD Artwork © Ondine Oy
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-01-23 20:53 | 合唱 | Comments(0)