おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
TCHAIKOVSKY/Violin Concerto, STRAVINSKY/Les Noces
c0039487_20574496.jpg
Patricia Kopatchinskaja(Vn)
Nadiene Koutcher(Sop), Natalya Buklaga(MS)
Stanislav Leontieff(Ten), Vasiliy Korostelev(Bas)
Teodor Currentzis/
MusicAeterna
SONY/88875165122




前回の「春の祭典」の時にはなんともシンプルな文字だけのジャケットだったのに、今回はとても手の込んだアートワークになっているという、相変わらず意表を突くことにかけては天才的なクレンツィスです。曲目の一つの「結婚」にひっかけての「田舎の結婚式」といったコンセプトなのでしょうが、このジャケット写真の真に迫った「田舎っぽさ」は感動ものです。そして、その花嫁と花婿が指揮者とヴァイオリンのソリストの「カメオ出演」なのですから、すごすぎます。
ただ、この写真の持つ雰囲気は、「結婚」だけではなく、メインのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の演奏ぶりまでしっかり反映されたものになっているのです。そう、この「チャイコン」は、今まで散々味わってきたあのゴージャスなイメージを抱いて聴きはじめると、とんでもないしっぺ返しを食らうことになってしまうような代物ですから、注意が必要です。まさに「ロシアの田舎」風の泥臭いチャイコフスキーがここにはあるのですから。
まずは、使っている楽器が違います。ソリストを始めとして、弦楽器はガット弦を使用しています。さらに、オーケストラの木管楽器も、モダン楽器ではなくピリオド楽器が使われています。そもそもこの「ムジカエテルナ」という、ペルムのオペラハウスのオーケストラは、モダンにもピリオドにも対応できる柔軟性を持っていて、今までにも驚かされてきましたから、それは意外でも何でもないのですが、チャイコフスキーでのピリオドというのはなかなか珍しいものなのではないでしょうか。ピロシキなら分かりますが。
楽器が違えば、当然奏法も違い、表現の仕方も変わります。コパチンスカヤは、それを茶目っ気たっぷりに披露してくれるのですね。彼女は、ヴァイオリンという楽器から、洗練された超絶技巧や甘くとろけるようなメロディを奏でるものだというイメージを見事に打ち砕いて、そのような洗練さを達成させる過程で否定されていった粗野な表現方法を大胆に前面に押し出しています。
第1楽章のカデンツァなどは、そんな「粗野」さのオンパレード、確かに楽譜通りに弾いてはいるのですが、そこに込められたアイディアの数々はとても新鮮に聴こえます。ヴァイオリンにはこんな表現だって出来たんだ、という驚きですね。というか、それは今までは禁じられていたものが何の屈託もなく公衆の面前に姿を現した、という新鮮さです。こういうものが真に心に響く「アイディア」、前回のアーノンクールのような「こけおどし」との根本的な違いです。こういう人が出てきてしまっていたのですから、すでにあの老人の出番はなくなっていたのです。
第2楽章では、メランコリックに涙を誘うべきあの美しいメロディが、とてもハスキーなしわがれ声で歌われます。そして、オーケストラもフルートなどはモダンとは全然違う素朴な音色と歌いまわしで、ソリストをサポートです。もう全員で今までのチャイコフスキー像を崩そうと手ぐすねを引いている、という感じですね。
そして、最後の楽章ではにぎやかなロシアの農民ダンスが始まります。コサック・ダンスってやつですか。腕を前に組んで腰を低くし、足を交互に前に出すというあの激しい踊り、それが眼前に広がります。オーケストラのノリの良さもすごいもの、勢い余って、379小節あたりのピチカートがとんでもないことになってます。
カップリングの、ストラヴィンスキーの「結婚」は、ピアノ4台と打楽器というシンプルな編成で、まるでカール・オルフを思わせるような音楽です。いや、オルフはマジでこれをパクッたのではないか、という気がするほど、よく似てますね。ここで合唱が登場しますが、それが民族的な歌い方とクラシカルな歌い方を見事に歌い分けていました。ここはオーケストラだけでなく、合唱団も油断が出来ません。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
[PR]
by jurassic_oyaji | 2016-02-10 21:03 | オーケストラ | Comments(0)