おやぢの部屋2
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MAYR/Requiem
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S.K.Thornhill, K.Ruckgaber(Sop), T.Holzhauser, B.Thoma(Alt)
M.Schäfer, R.Sellier(Ten)
M.Berner, L.Mittelhammer, V.Mischok(Bas)
Franz Hauk/
Simon Mayr Chorus and Ensemble
NAXOS/8.573419-20




ジモン・マイールという作曲家の名前は、あの三省堂の「クラシック音楽作品名辞典」にも載っていませんから、普通の人はまず知らないはずだということが分かります(この辞典は、そういうことを知ること以外に使い道はありませんから、ご利用は賛成できません)。
この1763年にドイツに生まれ、イタリアで大活躍して、長年暮らしたベルガモで1845年に亡くなった作曲家の作品は、そんな辞典がなくても知ることはできます。それによると、彼のメインの仕事はオペラ。それはほぼ70曲にもなろうとするのですから、数だけだったらオペラ作曲家ランキングの上位に入るはずですね。さらに、57曲の交響曲をはじめとする器楽曲も膨大な量に及んでいます。もちろん宗教曲でもオラトリオやミサ曲などを数多く残しています。
そして、肝心の「レクイエム」ですが、このCDで指揮をしているフランク・ハウクが自ら執筆したライナーノーツを読むと、すでに1995年に録音されている「Grande Messa da Requiem」という作品の他には、ここで世界初録音がなされている「ト短調のレクイエム」しかないような感じなのですが、本当はどうなのでしょうね。
彼の作品はこのNAXOSレーベルから、そのハウクの指揮による演奏でいろいろ聴くことが出来ます。中には「ベートーヴェンの死に寄せるカンタータ」などという珍品もあります。マイールという人は、ベルガモでベートーヴェンの曲を数多く演奏して、イタリアにおけるベートーヴェンの普及に一役買っていたのですね。ただ、その作品自体は以前にハイドンやボッケリーニが亡くなった際に作った同じような曲の「使いまわし」だったそうですね。曲の後半にはベートーヴェンの偉業を讃えたつもりでしょう、「田園」とか「オリーブ山」などの断片が出てくるのも笑えます。
この「レクイエム」には、通常のラテン語の典礼文の「Offertorium」の部分がありません。それにしては、全部のテキストを使ったヴェルディの作品などよりはるかに長い曲に仕上がっています。なんせCD2枚を使って2時間ですからね。そんなに長くなってしまったのは、オーケストラが単に歌手や合唱の伴奏をするだけではなく、独自に、場合によってはほとんど「協奏曲」に近いような、独奏楽器とのやり取りだけで音楽を作っている部分をたくさん用意したためです。特にクラリネットは何度もソリストとして扱われていて、「Sequentia」の中の「Liber scriptus」と「Judex ergo」の2連を使った曲などはまさにクラリネット協奏曲そのものです。その間にテノールのコロラトゥーラを駆使した華麗なソロが挟まり(カデンツァまであります)、これだけで8分半も使っていますから、「Sequentia」全体では1時間14分もかかってしまいます。それにしても、この曲はモーツァルトのクラリネット協奏曲にとてもよく似たフレーズがあちこちに出てきますね。
ただ、この「レクイエム」は、もう一つの「レクイエム」のように出版はされておらず、自筆稿だけがバラバラの形で保存されていて、それを指揮者のハウクがかき集めて再構築したものなのだそうです。その中には、弟子のドニゼッティが作ったものに少し手を入れて、そのまま使われているものも有ったりしますから、それが果たして完成された形なのかは疑問の余地がありそうです。そのドニゼッティの作品の一つ「Oro supplex」では、なんとホルンが半音階を多用したソロを演奏します。これは、当時の楽器ではかなり大変だったはず。よっぽどの名手がいたのでしょう。
部分的には実際にお葬式などに使われたこともあったようですが、歌手のソリストだけで9人も必要なこんな大曲を、実際に特定の葬儀の場で演奏するのは、ちょっと無理があるような気がします。何よりも、この長大な「レクイエム」を聴き終わっても、オペラの一場面を味わっているようなうきうきする気持ちは残っても、死者を悼みたくなるような殊勝な気分には全然なれませんでしたからね。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2016-02-12 20:29 | 合唱 | Comments(0)