おやぢの部屋2
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ORFF/Gisei - Das Opfer
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Kathryn Lewek, Elena Zhidkova(Sop)
Ulrike Helzel, Jana Kurucová(MS)
Ryan McKinny, Markus Brück(Bar)
Jacques Lacombe/
Chor und Orchester der Deutschen Oper Berlin
CPO/777 819-2




1937年に作られた「カルミナ・ブラーナ」が突出した人気を誇っているカール・オルフの作品は、もちろんそれだけではありません。でも、それ以外の作品が演奏される機会は殆ど無いに等しいようなものですから、これをもってオルフのことを「クラシック界の一発屋」と呼ぶ人は少なくはありません。
したがって、オルフがまだ20代だったころの1913年に作られた「Gisei」というオペラのようなレアな作品を初めて聴くという貴重な体験にも遭遇できることになります。これは、2012年と言いますから、作曲されてほぼ100年後にベルリン・ドイツ・オペラで上演された際のライブ録音です。
日本語の「犠牲」がそのままローマ字で表記されているように、このオペラは日本のオペラ、つまり歌舞伎や文楽の演目でとても有名な「菅原伝授手習鑑」の中の「寺子屋の段」をテキストに用いています。それは、こんなお話。
菅原道真の家のトイレには鏡があったわけではなく(それは「菅原便所手洗鏡」)、道真の8歳になる息子菅秀才をかくまっているかつての道真の家臣源蔵とその妻戸浪の寺子屋に、道真の政敵時平の家来玄蕃が菅秀才の首を差し出せとやってきます。実はこの日、見知らぬ女が自分の息子小太郎を寺子屋に預けていったのですが、それが菅秀才に瓜二つと気づいた源蔵は、小太郎の首を差し出します。それを見て、首実検のために同行した松王(松王丸)が「菅秀才に間違いない」と言ったので、玄蕃はそれを持ち帰ります。そこにやってきたのが、さっき小太郎を連れてきた女。彼女は実は松王の妻の千代、小太郎は松王の息子だったのです。松王は、そもそもは道真の家臣の息子、今の主君の時平よりは道真への忠義心の方が勝っていたので、わが子を犠牲にしても菅秀才を守りたかったのでしょう。

これを日本語学者のカール・フローレンツが独訳したものを読んだオルフは、それに独自の構成を施して台本を書き上げました。この寺子屋のシーンの前に、原作にはない導入部が用意されています。そこには2人の顔を隠した男女が登場します。それは松王役と千代役の歌手なのですが、この時点では正体は明らかにされていません。二人は、これから起こることを予言し、嘆き悲しみます。
それ以後は、ほぼ原作に忠実に物語が進行して行っているようです。一応ブックレットには英語の対訳があり、丁寧なト書きも入っているので、細かいプロットにもついていけるはずです(でも、ミスプリントが多すぎ)。
音楽は驚くべきものでした。ここには、後にオルフの作品のベースとなる、あの何とも即物的なテイストが全く存在していないのですよ。その音楽はとてもロマンティックで、とろけるような美しさに満ち溢れています。さらに、この題材に即した配慮として、日本的な音階も頻繁に登場しますし、「さくらさくら」などはオリジナルがそのままの形で(もちろん日本語の歌詞で)戸浪によって歌われます。最後のフレーズだけちょっとリズムが変わっていますがそれは別に問題ありません。あるいは、日本の僧侶を意味するのでしょう「Bonzo」という言葉が頻繁に使われていますが、そのあたりが、この作品の10年ほど前に初演されたプッチーニの「蝶々夫人」と酷似していると感じられるのは、ただの偶然でしょうか。そう思いながら聴いていると、オーケストレーションにもプッチーニ、あるいはリヒャルト・シュトラウス(こちらにも生首が登場しますね)と同質のものがあることにも気づきます。
しかし、そののちオルフはそのようは作風とは全く異なる様式を身に付けるようになります。なんでも、「『カルミナ・ブラーナ』以前の作品はなかったことにしたい」と公言していたそうですが、それはちょっとさびしい気がします。それは、このオペラの最後のシーンの緊迫感などは、「カルミナ後」の様式では絶対に描くことはできなかったような気がするからです。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück
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by jurassic_oyaji | 2016-03-05 19:59 | オペラ | Comments(0)