おやぢの部屋2
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午後2時開演です
 今度の日曜日に行われる「杜の都合奏団」のプログラム・ノーツが出来ましたので、公開させてください。お時間があれば、ぜひ宮城野区文化センターまで、お越しください。
演奏会に寄せて
 今回の演奏会は、シューベルトの交響曲を中心としたプログラムでお送りします。
 シューベルトはその短い生涯の中で少なくとも13曲の交響曲を作ろうとしましたが、その中にはきちんと4楽章が揃っていて、すべてがオーケストラで演奏できる形になっている(「オーケストレーション」といいます)ものは、7曲しかありません。それ以外のものは、作っている途中でもう完成させることを断念してしまった「未完」の交響曲です。ただ、その中の1曲だけは第3楽章の途中まで作ってあとはやめてしまったものなのですが、第2楽章までは完全にオーケストレーションが済んでおり、内容も充実していたので、「未完成」というタイトルが付けられて「完成品」とみなされていますから、それを加えて8曲が「ちゃんとした」交響曲と考えられています。
 しかし、熱心な音楽ファンでしたら「そんなことはないだろう。『交響曲第9番』というタイトルの付いたCDがいくらでもあるはずだ」と、おっしゃることでしょう。確かに、1978年までは、「完成した交響曲は9曲」というのが一般的な見解でした。しかし、その年に、シューベルトの公式の作品番号である「ドイチュ番号(D.○○○と作品の後に表示されています)」のリストが改訂され、それまでは「7番」と呼ばれていた、シューベルトが最後までスケッチを完成させていた交響曲に、後の人がオーケストレーションを施したものが「完成品」とはみなされなくなってリストから外されてしまったのです。その結果、空席になった「7番」のところに順次そのあとの「8番」と「9番」を押し込んだものですから、それまでは「8番」と呼ばれていた先ほどの「未完成なのに完成品」の交響曲は「7番」に、そして「9番(ザ・グレート)」と呼ばれていたものは「8番(ザ・グレート)」と呼ぶのが「正しい」ということになってしまったのです。

イタリア風序曲第1番
 今回演奏するその2つの交響曲の前に、まず「序曲」をお聴きください。シューベルトは20曲ほどのオペラを作ろうとして(交響曲同様、完成したものはその半分ほどですが)、それぞれに序曲を作曲していましたが、今回の「イタリア風序曲第1番ニ長調」はそのようなオペラのためではなく、独立した演奏会用の作品として1817年に作られたものです。ここで「イタリア風」というのは、当時絶大な人気を博していたオペラ作曲家、ロッシーニのような、というほどの意味なのだそうです。
 曲は、まずゆったりとしたテンポの序奏から始まります。しかし、それは重苦しいものではなくあくまでも爽やかな抒情性をたたえたもの、それは、そこに流れている美しいメロディが明らかにシューベルトの多くの歌曲に見られるようなすがすがしさを持っているためでしょう。というか、この曲、どこかほかでも聴いたことがあるような気がしませんか?実は、シューベルトはこの部分に少し手を加えて1820年に作った「魔法の竪琴」というオペラの序曲の中の序奏にしたのです。なにそれ?と思うでしょうね。そんなマイナーなオペラなんて誰も聴いたことがないはずですが、その序曲はさらに1823年に作られることになる「キプロスの女王ロザムンデ」という劇音楽の序曲にそのまま転用されるのです。これは単に「ロザムンデ序曲」と呼ばれているあの名曲の序奏ですから、聴き覚えがあってもおかしくはありません。
 それが、軽やかなテンポの主部に入ると、そこにはまさにロッシーニ風の屈託のない世界が広がります。それを彩るのは管楽器による超絶技巧の粋を尽くした華麗なソロの応酬です。ここでもシューベルトはちょっと面白いことをやっていて、それこそロッシーニその人の作品のワンフレーズをこっそり忍び込ませているのです。これは、おそらく聴いていても分からないような巧妙な仕掛け、言ってみればシューベルトのロッシーニに対するオマージュだったのでしょう。
そしてコーダ(エンディング)になると、再び「ロザムンデ」と同じものが現れます。さらに、この部分は今回の演奏会の最後に演奏される「交響曲第8番」の第1楽章の最後にも使いまわされています。これは、あの大バッハもよく行った「パロディ」と呼ばれる手法、この序曲は、そんなシューベルトの作曲家としての小憎らしいやり方が垣間見られる、ちょっと微笑ましい曲です。

交響曲第7番「未完成」
 かつては「8番」と呼ばれていた、おそらくシューベルトの交響曲の中では最も親しまれている曲です。LPレコードの時代には、この曲とベートーヴェンの「交響曲第5番」(いわゆる「運命」)とを表と裏にカップリングしたレコードがとてもたくさん作られていましたね。お互いに片面にちょうど良い長さ、それでいて曲想は対照的でしたから、この「運命/未完成」という組み合わせはクラシックの入門者にとっても、ある程度のマニアにとっても喜ばれていました。
 それがCDの時代になると、そのような「表・裏」といった概念がなくなり、収録時間も長くなったのでいつしかこのような組み合わせの商品は姿を消していきます。それに伴い、派手で分かりやすい「運命」はメジャーであり続けたのに対し、内省的でちょっとおとなし目の「未完成」のほうは次第に影が薄くなってきたのではないか、と感じるのはただの錯覚なのでしょうか。
 第1楽章は、チェロとコントラバスによる超低音のテーマから始まります。どのぐらいの低音かというと、このテーマの途中に出てくる2つの低い音は、普通のコントラバスでは低すぎて出すことが出来ないぐらい低いのです。でも、安心してください。今回は3本のコントラバスのうちの2本までが、低い音を専門に出せる弦をもう1本加えた「5弦」の楽器ですから、存分に低音の魅力が味わえますよ。それに続いて、さざ波のような弦楽器に乗ってオーボエとクラリネットが歌い上げるちょっと影のあるテーマと、シンコペーションのリズムの中で最初はチェロ、次にヴァイオリンで奏でられる明るいテーマが聴こえます。この2つのテーマに、最初の低音のテーマも加わって、この重厚な趣の楽章は進んでいきます。
 第2楽章では3拍子のリズムに乗って出てくる弦楽器のテーマがとびっきりの優雅さを演出します。さらに、しばらくして聴こえてくるのが、弦楽器のシンコペーションの中から立ち上がってくるクラリネットの愁いを帯びたメロディです。それは転調を繰り返して行き場をさまよいつつオーボエに受け継がれ、シューベルトならではの繊細で深みのある情感を伝えてくれます。最後に伸ばされるとても美しいホ長調の和音がいつの間にか消えることには、もうこれ以上何も付け加えなくても充分だと思えてくることでしょう。

交響曲第8番「ザ・グレート」
 シューベルトが31歳でこの世を去る3年前、1825年に作られた、彼の最後の完成された交響曲です(亡くなった年にもう1曲の交響曲を作りはじめますが、完成には至りませんでした)。この曲の番号は、最初に書いたように1978年までは「9番」でしたが、さらにさかのぼって1951年以前には「7番」と呼ばれていたのですね。確かに、古いLPレコードで「7番」と書いてあるものを実際に見た記憶もあります。これは、私蔵されていた自筆稿が発見されて作品の存在が公になった時期が「未完成」より早かったためです。
 シューベルトの兄のフェルディナントの家でこの楽譜を発見してその素晴らしさに感激し、初演のために奔走することになるのが、あのロベルト・シューマンですが、彼が自らの雑誌の中で使った「天国的に長い」というフレーズが、この「ザ・グレート」という呼び名の由来とも言われています。しかし、これに関しては、単に同じハ長調で作られた、もっと短い「6番」の交響曲に対して「大きい方のハ長調の交響曲」という意味合いなのだ、という説もあります。いずれにしても、この曲を演奏する時のエネルギーはかなりのもので、「なんでこんなに長いんだ!」と思うこともありますから、先ほどのシューマンの言葉は単純に賞賛の意味ととるべきではないのかもしれません。
 第1楽章の序奏は、ホルン2本だけのユニゾンで始まるという、意表を突くオープニングです。このテーマ、かつてさる作曲家が「初めて聴いた時にいきなり早稲田大学の応援歌が聴こえてきたので驚いた」と言ったのを聞いて以来、「♪紺碧の空~」しか思い浮かばなくなってしまいました。この後、軽快なテンポの主部に入りますが、しばらくして木管楽器で奏される短調のテーマも、なぜか演歌の雰囲気を持っていて心に残ります。
 第2楽章では、弦楽器の規則正しい歩みに乗ってオーボエが奏でるテーマが、絶品です。それともう一つの流れるようなテーマとともに音楽が進みますが、全体の三分の二ほど経って不協和音によるクライマックスを迎えたところで、一瞬すべての楽器が演奏することをやめます。これはかなりショッキング、居眠りをしていた人はここで我に返ることになります。神秘的なピチカートによって音楽は再開されますが、ややあってそれまで短調だったものが長調に変わる場面も聴き逃せませんよ。
 第3楽章は元気のよいスケルツォです。その忙しく動き回る音符の間を縫って歌われる軽やかなテーマも聴きものです。中間部のトリオでは、うって変わって上品な雰囲気が漂います。
 フィナーレの第4楽章は、息もつかせぬほどのイケイケの音楽が、怒涛のように迫ります。演奏者にとってはまるで全速力で走るマラソンのような不思議な高揚感を伴うものですが、それが全然苦にならないのは、至る所でシューベルトの歌心が満載のフレーズに出会えるからでしょう。どうか、お聴きになる方もそんな美しい一瞬を探しつつ、この1154小節という長丁場をお楽しみ下さい。

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by jurassic_oyaji | 2016-03-08 23:03 | 禁断 | Comments(0)