おやぢの部屋2
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HOMILIUS/Der Messias
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Meike Leluschko, Friederike Beykirch(Sop)
Annekathrin Laabs(MS), Patrick Grahl(Ten)
Tobias Berndt, Sebastian Wartig(Bas)
Matthia Jung/
Sächsisches Vocalensemble, Batzdorfer Hofkaoelle
CPO/777 947-2




このページでは初登場、ゴットフリート・アウグスト・ホミリウスというドイツの作曲家の作品です。彼は1714年にザクセン州のローゼンタールに生まれ、その後ドレスデンで学んだ後ライプツィヒでも法律を学びます。そのかたわら、あのバッハにオルガンを学び、1742年からはドレスデンで教会のオルガニストやカントルに就任してこの街の中心的な音楽家として一生を送ります。亡くなったのは1785年です。
彼はその職務の中で、多くの宗教曲を残しました。その中には、11曲のオラトリオ、181曲のカンタータ、64曲のモテットなどが現存することが分かっています。これからの研究次第では、さらに多くの作品が見つかるかもしれません。
その「オラトリオ」というカテゴリーの中には、聖金曜日に演奏された、いわゆる「受難曲」が含まれます。これは、バッハが作ったような福音書をテキストにしたものが、こちらは4つすべて揃っています。さらに、特定の福音書に依らない、自由なテキストに基づく「受難オラトリオ」という呼ばれるものの中の1曲が、この「メシア」です。ヘンデルの「メサイア」と同じようなカテゴリーですが、こちらはスタート地点がだいぶ後の「最後の晩餐」のあたりになっています。
編成は6人のソリストと合唱、オーケストラは弦楽器にフルート、オーボエ、ファゴット、ティンパニと、通奏低音が加わっています。ソリストのうちのテノールとソプラノ1、バス1はレシタティーヴォを担当し、物語を進めます。ただ、そのレシタティーヴォは通奏低音だけのシンプルなものだけではなく、「アッコンパニャート」という弦楽器の伴奏が入ってドラマティックに歌い上げる部分も多く含まれています。
その前後に合唱によるコラール、そしてソリストによるアリアや重唱が入ります。そのアリアの様式は、もはやバッハの時代のものとは一線を画した、古典派の始まりを感じさせるもの、たとえばバッハの息子のカール・フィリップ・エマニュエルあたりの音楽のような様式感とテイストが漂っています。
コラールはバッハあたりでも使われているようなものが歌われます。それ以外に、ソリストがコラールを歌うというシーンもあり、その時にはオーケストラが一ひねりした伴奏を付けているのが聴きものです。
全曲演奏すると1時間半以上かかる大曲で、全体は2部に分かれています。後半に入るとイエスの死の場面になるのですが、そこでバッハの「ヨハネ受難曲」でもアリアが歌われるイエスの最後の言葉「Es
ist vollbracht!」を用いた2人のソプラノのデュエットが始まります。これが、とても軽やかで明るい歌なんですよね。歌詞を見ると「イエスが亡くなったことでの苦しみは終わり、私たちの心には喜びがあふれる」というような感じですから、それも当然のことなのですが、そのあまりに前向きの姿勢には、「受難曲」に馴染んでいる人はちょっとたじろいでしまうかもしれません。しかし、これが「メシア」たる所以なのでしょう。それ以後の音楽はさらに盛り上がり、ヘンデルの曲と同じような派手なエンディングを迎えることになるのです。こういうのもなかなか楽しいものです。
ソリストの中で注目したいのは、バス1でレシタティーヴォにもアリアにも登場するトビアス・ベルントという人です。「バス」というよりは「バリトン」ですが、そのなめらかな声や歌いまわしが、フィッシャー=ディースカウそっくりなんですね。確かに彼はこの偉大なバリトンにも師事しているようですが、ここまで似ているのには驚かされます。
合唱は、なんかきれいにまとめようという意識が強く感じられてしまいます。このユングという指揮者は他の合唱団でも聴いたことがありますが、いまいちスケールが小さいような。
ブックレットの対訳で、トラック6の最初に歌われるバス2のアリアの歌詞が、誤って最後になっているという瑕疵があります。

CD Artwork © Classid Produktion Osnabrück
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by jurassic_oyaji | 2016-03-19 22:24 | 合唱 | Comments(0)