おやぢの部屋2
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BACH/Matthäus-Passion
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Hannah Morrison(Sop), Sophie Harmsen(Alt)
Tilman Lichidi(Ten)
Peter Harvey, Christian Immler(Bas)
Frieder Bernius/
Kammerchor Stuttgart, Barockorchester Stuttgart
CARUS/83.285




フリーダー・ベルニウスの演奏をCDで初めて聴いたのは、もう20年近く前のことです。その時には、定職に就かないで指揮をしているのか(フリーター・ベルニウス)とか、ペット関係のお仕事なのか(ブリーダー・ベルニウス)と思いましたね。
彼が生まれたのは1947年。自分の合唱団「シュトゥットガルト室内合唱団」を作ったのが1968年のはずですから、その時はまだ21歳の若造だということになりますからね。実際、これは彼がシュトゥットガルトの音楽大学の1年生の時だったそうです。さらに、このCDのブックレットの中で彼は「この録音についての個人的な意見」というエッセイを書いていますが、それによると1970年代の初頭には、あのヘルムート・リリンクの合唱団「ゲヒンガー・カントライ」のメンバーとしてアメリカ・ツアーに参加したそうですから、他の合唱団で修行中の身でもあったということも分かります。
さらに彼は、1985年にはピリオド楽器の団体「シュトゥットガルト・バロックオーケストラ」も設立します。そこでぶち当たったのが、例の「バッハでは合唱は1パート1人で演奏すべき」という「都市伝説」です。しかし、ベルニウスはこの方式の可能性自体は認めつつも、やはりその人数での物足りなさも感じていたようですね。このエッセイの中でもそれを暗に批判しています。
そのあたりが、彼がバッハを演奏するにあたっての基本的な姿勢なのでしょう。いたずらにバッハの時代の慣習をなぞるのではなく、作品を通して作曲家が伝えたかったことこそを演奏で生かしたい、と。
そんなベルニウスの思いが、この、彼にとっては初めてとなる「マタイ」の録音には込められているのでしょう。もちろん、それを後押ししたのが、このレーベルの母体である出版社が2012年に出版した新しいクリティカル・エディションであることは間違いありません。なんせ、新バッハ全集(Bärenreiter)が出版されたのがその40年近くも前の1974年ですから、長年ゲッテインゲンのバッハ研究所に籍を置き、新バッハ全集の編纂にも関与していたクラウス・ホフマンによって校訂されたこの楽譜はまさに待望のものです。もちろん、これは初稿ではなく改訂稿の方です。
まさに「満を持して」録音されたことがよく分かるこのCDは、ライブ録音のようなお手軽なものではなく、しっかり教会で5日間のセッションを設けて録音されています。マイクアレンジも、「コルス・セクンドゥス」の方を合唱もオーケストラも少しオフ気味に右奥から聴こえるように設定してあります。ただ、ソリストは常に中央に定位しています。つまり、アリアを歌うソリストはソプラノ、アルト、テノール、バスがそれぞれ一人ずつしかいません。さらに、テノールのソリストはエヴァンゲリストも歌っていますから、こんなこともセッション録音だから可能になっているのでしょう。
その、テノールのリヒディこそが、この演奏の落ち着いたたたずまいを支配している立役者ではないでしょうか。あくまで伸びやかなその声には、ことさら個性を発揮するというのではなく、歌っている中に自然と表現したいことが込められているという賢さが秘められています。他のソリストたちも、それぞれに同じような方向を目指しているように思えます。その中で、ソプラノのモリソンの澄み切った声は、まさに至福のアリアを届けてくれています。
合唱も、大げさな身振りをせずに音楽そのものにすべてを語らせるという、やはり賢さの極みを見せています。「バラバを!」という群衆の叫びも、減七の和音だけでなんの力みもなくすべてを語らせていますし、最後の長大な合唱のエンディングもいともあっさりとしたものです。
長年「マタイ」を様々なシーンで体験してきたベルニウスがたどり着いたのが、こんなに風通しが良くて爽やかなものだったことが、とてもうれしく感じられます。

CD Artwork © Carus-Verlag
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by jurassic_oyaji | 2016-05-19 20:17 | 合唱 | Comments(0)