おやぢの部屋2
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空襲警報のサイレンは、誰が鳴らしていたのでしょう
 今回の朝ドラも、半分が終わりましたね。これが始まった時には、出演者に関しては何の不安もありませんでしたからそんなにひどいものになるとは思っていませんでした。実際はそれは期待以上の出来でしたから、とても楽しく見ることが出来ています。ただ、テーマ曲をあの人が歌っているというところでかすかな不安があったのですが、それがこれほどのひどいものだったとは。まあ、あの1分間は、朝の忙しい時ですから例えば洗濯機をセットするとか、食器洗いのための下洗いをするとか、有効に活用させていただいていますから、いいんですけどね。それにしても、あの「手癖」丸出しのメロディは、とてもプロのソングライターの仕事とは思えません。歌詞も、聴けば聴くほど意味不明ですし。そもそも、この人の場合「きみ」という二人称代名詞は男性に向けて使われていたはずでしたから、頭から「普段からメイクしない『きみ』が薄化粧した朝」だったのには、のけぞってしまいましたね。どんなヘンタイかと。
 ドラマ本体の場合、なんたってモデルがいるというのは強みです。ただ、もちろん知っていたのは雑誌を作っていたということだけでしたから、その生い立ちなどは今回初めて知ることになりました。そこで、3人姉妹が小さい時に父親を失う、という最初の設定が登場した時には、もうそのシチュエーションだけで何か心をつかまれてしまいましたね。実は、私の家も男男女の3人兄弟で、彼女たちと同じ年頃で父親を亡くしているのですよ。しかも、私が一番上で、弟は1歳下、妹は6歳下ですから、このドラマの姉妹と同じぐらいの年の離れ方です。父親が亡くなったタイミングも、私が中学1年の時ですから、それも彼女たちとほぼ同じ、しかもその時に住んでいたのが静岡県というところまで共通しています。
 だからなんだ、と言わそうですが、たまになんだか共通の思い出みたいなものが登場してくるのが、ちょっと面白いというか。つまり、ドラマの3女は、上の二人ほどは父親の思い出が残っていないというところです。私の妹もそうでした。確かに、考えてみれば小学1年生ぐらいの時に亡くなったとすれば、ほとんど一緒にいた時のことなんか覚えていないでしょうね。私あたりでも、断片的なことしか頭には浮かびません。というか、実は亡くなる前の数年間は父親は外国に行っていたので、ほとんど一緒にいたことはなかった、というのもありますけどね。「外国に行った」なんていうとかっこいいですが、鉱山技師だった父親が行っていたのは、当時は「マラヤ」と言っていた、今のマレーシアの山奥のジャングルでしたけどね。それでも、たまにはイギリス支配が残っていたシンガポールあたりまで行って買い物もしていたようで、LPレコードもたくさん持ち帰って来てました。そんな中に、ジョージ・セル指揮のクリーヴランド管弦楽団の録音が「PHILIPS」レーベルになっていたものなどがありましたね。もちろん当時は何も知りませんからそんなものだと思っていましたが、確かにこの頃はこの「PHILIPS」レーベルは、アメリカの「COLUMBIA」と提携していて、ヨーロッパでの販売の窓口になっていたのですね。
 ただ、朝ドラの主人公とは30年ぐらいのタイムラグがありますから、私は当然戦争などは体験していません。それにつけても、今まさにドラマで取り上げられている状況を、まるで別の世界のことのように思いながら見ている人が大部分なのだなあ、などと思えてしまうのが、とても悲しくなってしまいます。この時代に当然と考えられていた国家主義、そのもとでは個人の人権などは全く保障されないという状況をまさに一変させたのが日本国憲法だったわけで、その恩恵で私たちはとりあえずなに不自由なく暮らしているわけですが、この国の権力者たちはそれを真っ向からぶち壊そうと手ぐすねを引いているのですからね。
 朝ドラではこの戦争のシーンはよく登場します。そのたびに、なんだかその描き方が完全にパターン化しているように感じられるのは、もしかしたらそのような権力者たちの意向がそれとなく反映されているせいなのか、などと思えてしまいます。
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by jurassic_oyaji | 2016-06-29 22:20 | 禁断 | Comments(0)