おやぢの部屋2
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KÕRVITS/Mirror
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Anja Lechner(Vc)
Kadri Voorand(Voice), Tõnu Kõrvits(Kannel)
Tõnu Kaljuste/
Tallinn Chamber Orchestra
Estonian Philharmonic Chamber Choir
ECM/4812303




トルミスやペルトといったエストニアの作曲家たちの作品を幅広くこのレーベルで紹介してきたカリユステとエストニア・フィルハーモニック室内合唱団が、同じエストニアのもう少し若い世代の作曲家、トヌ・コルヴィッツの作品を取り上げたCDです。コルヴィッツというのは、ヒビの入った骨董品と言われたピアニスト(それは「ホロヴィッツ」)ではなく、1969年生まれの人気作曲家です。どのぐらいの人気かというと、さる音楽サイトで、こんな風に「期待の新星」と紹介されているほどです。余談ですが、この言葉をもっと意味の強いものにしようと思ってか、「期待の超新星」と書いてあるものをよく見かけますが、「超新星」というのは天文用語では星が爆発してなくなることですから、もはやなんの「期待」も持てなくなってしまった状態です。ですから、こういう使い方をするのはとても恥ずかしいことなのですね。なんにでも「超」を付ければいいというものではありません。
トヌ・コルヴィッツは、エストニアの現代音楽界の期待の新星である。彼の作品はエストニア国内と外国で何度も何度も繰り返し演奏され続けている。同じエストニアの作曲家であるトルミスの呪術的な魔力、トゥールのエネルギッシュな爆発力、そしてペルトの宗教的な瞑想の代わりに、コルヴィッツのサウンドの世界は高度に詩的で、視覚的なファンタジーにあふれていることで際立っている。彼の音楽は、自然の風景や民族的な伝統、人間的な魂と潜在意識によって、聴くものを麻酔にかけられたような旅に連れて行ってくれる。穏やかではあっても暗示の含まれた彼の作品の中のメロディは、豊かで洗練されたハーモニーのきらめきと音色の中に溶け込んでいる。

この紹介文では、ことさらコルヴィッツのことをそれまでの作曲家とは別物のように扱っていますが、そういうわけではなく、彼の中にはエストニアの先達たちの存在が大きな影を落としているのです。その中でも、特に彼が傾倒しているのが1930年生まれの合唱音楽界の重鎮トルミスです。実際に、このアルバムの中の6曲のうちの3曲までが、何らかの意味でトルミスの作品とのつながりを持っているのですからね。
「プレインランドの歌(Tasase maa laul)」では、作曲家自身が演奏するフィンランドの「カンテレ」に相当するエストニアの民族楽器「カンネル」のパルスに乗って、ストリングスがまるでプリズムのような色彩感あふれるハーモニーを醸し出している中で、エストニアのジャズ・シンガー、カトリ・ヴォーラントによってまるで囁くようにハスキーな声でトルミスの曲が歌われ(語られ?)ます。そのストリングスのきらめきはまるでペルトのよう、そして、作品全体はまるでライヒのようなテイストを持っています。
もう一つ、「最後の船(Viimane laev)」では、男声合唱にバス・ドラムとストリングスが絡むという構成、ここではトルミスの土臭い味がそのまま合唱に保たれている中を、やはりストリングスの刺激的なハーモニーが不思議な色合いを加えているといった趣です。
もう1曲のトルミスがらみの作品は、合唱とチェロの独奏による「プレインランドからの反映(Peegeldused tasasest maast)」です。これは、このCDが録音された時、2013年に初演されたものです。ここでは合唱は歌詞を消してヴォカリーズで歌う中、チェロが浮遊感溢れるフレーズを産み出しています。この曲の最後に、クレジットはありませんがやはり作曲家によるカンネルと、チェリストのグリッサンドが薄く演奏され、次の曲への橋渡しを務めています。
贅沢なことに、このアルバムではエストニア・フィルハーモニック室内合唱団だけではなく、やはりカリユステが指揮者を務めるタリン室内オーケストラと、先ほど登場したチェリストのアニア・レヒナーの演奏でも、この作曲家の器楽作品を味わうことが出来ます。それは、とても得難い上質の体験をもたらしてくれました。

CD Artwork © ECM Records GmbH
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by jurassic_oyaji | 2016-07-28 20:22 | 合唱 | Comments(0)