おやぢの部屋2
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まだまだ綱渡り状態です
 いよいよ、明日が本番になってしまいました。七夕に出かけるついでに、お寄りになってみてください。お声掛けくださればチケットを用意(もちろん無料)しますよ。
 今回も、私がプログラム・ノーツを書いています。こんな感じの曲を演奏しますので。 
 半年ごとに開催されてきた私たち、「杜の都合奏団」の演奏会、今回は「ハ長調の魅力~大作曲家の知られざる傑作を聴く~」というテーマが設けられています。
 「ハ長調」というのは、ピアノの鍵盤の白鍵しか使わない西洋音楽の最も基本となる単純で明確な意志を持つ、言ってみれば「わかりやすい」調性です。しかし、今回取り上げた2人の作曲家、シベリウスとシューマンは、ともに非常に繊細な神経の持ち主だということもあって、そこには一筋縄ではいかない「ハ長調」の音楽が出来上がっています。

シベリウス:交響曲第3番ハ長調
 ジャン・シベリウスは、交響曲第1番(1899年)、交響曲第2番(1902年)、そしてヴァイオリン協奏曲(1904年)によって、世界的な大成功を収めていました。しかし、この交響曲第3番は、それまでとはガラリと作風の変わったものになっています。その要因の一つとなったのが、1904年に、それまで暮らしていたヘルシンキを離れ、近郊のヤルヴェンパーというところに新しい住居を構えたことでしょう。豊かな自然に囲まれたまるで山小屋のようなこの家には、彼の妻アイノの名前にちなんで「アイノラ」という愛称が付けられました。
 大都会の喧騒から離れたこのくつろいだ環境の「アイノラ」には多くの芸術家が集い、新しい時代の芸術について語り合っていました。そして、シベリウスは彼らとの交流の中からこれまでとは違う作風を模索するようになります。その結果、この交響曲はそれまでの交響曲とは違い、自らの主観的な思いを強く打ち出したものになりました。当然、1907年に初演された時には、聴衆は大きな戸惑いを感じたそうです。しかし、この曲を作ったからこそ、後の交響曲がさらに深みのあるものになっていったのです。
 この曲は、一応3つの楽章から出来ていますが、その最後の楽章は2つの異なる楽想を持つものがつながったものと考えられますから、非常に古典的な「アレグロ-アンダンテ-スケルツォ-フィナーレ」という4つの楽章から出来ているように見えます。さらに、第1楽章は「ソナタ形式」という、まさに古典的な形式によって作られています。
 しかし、それはあくまでそのような形を借りているというだけのことで、その内容はとても複雑なものになっています。さらにシベリウスは、いくつかの曲を同時進行で手掛けるというスタイルで作曲を行っていくタイプの作曲家でしたから、それぞれの作品の間でモティーフのやり取りなども行われています。この交響曲の場合も、未完に終わってしまった「マルヤッタ」という作品からのモティーフが反映されているのです。シベリウスが何度も作品の題材とした長編叙事詩「カレワラ」の最後を飾るこの物語では、マルヤッタという女性が処女懐妊し、救世主たる息子が誕生します。彼は受難の後埋葬されますが、やがて復活を果たし、カレリアの王となるという、まさにイエス・キリストその人が主人公となったこの物語を元に、シベリウスは3部から成るオラトリオの構想を練りますが、結局完成には至りませんでした。しかし、その精神はこの交響曲の中に息づいているのです。

第1楽章:冒頭からチェロとコントラバスのユニゾンで聴こえてくる素朴なモティーフが、この楽章のメイン・テーマです。それを飾るように木管楽器が細かい音符のキラキラしたモティーフを重ねます。これらのモティーフは、この後も形を変えて重要な場面で登場します。その先に現れるのがチェロによって奏される哀愁に満ちたサブ・テーマです。一旦音楽が落ち着いて、弦楽器だけで静かにため息のようなフレーズが歌われるのが展開部への橋渡し、その後にフルート・ソロが先ほどのキラキラしたモティーフを、まるで小鳥の鳴き声のように奏します。それは弦楽器にも引き継がれて、テーマの展開が始まります。ここでのハイライトは、先ほどチェロで奏されたサブ・テーマがファゴットやクラリネットで朗々と歌われるのを、このキラキラモティーフでひたすら追いかけるヴィオラ・パートの孤高の姿でしょう。再現部では最初のテーマが、出てきた時とは全く異なるオーケストレーションで再現されます。そして、エンディング、フルートのキラキラモティーフに導かれて弦楽器がピチカートで場面を転換させると、次に木管とホルンによる「救世主の誕生」を表わすようなコラールが響き渡ります。それは弦楽器でも繰り返され、「アーメン終止」でこの楽章の幕が下ります。

第2楽章:この楽章では「救世主」は死に、マルヤッタは墓地で息子の運命を嘆きます。流れるような4分の6拍子の中、低弦のピチカートに乗って2本のフルートで歌われるのは子守唄とも葬送行進曲とも感じられることでしょう。この哀愁に満ちた歌は、このゆるやかな流れに従って歌われると思いきや、時折ベースのリズムがちょっとずれたシンコペーションを産み出していますから油断はできません。しかも、そのあたりでは一瞬「ナポリの6」というちょっとびっくりするような響きが現れますよ。その後には、3つのパートに分かれたチェロによる、まさにマルヤッタの嘆きとでも言うべきコラールが響き渡ります。もう一度、今度はヴァイオリンのピチカートも加わって、「子守歌」が聴こえてきます。そのピチカートが次第にテンポを上げていくと、木管楽器が一陣の風を舞い起します。そして、3度目の「子守歌」が弦楽器によって歌われ、第2楽章が終わります。

第3楽章:冒頭に現れるオーボエのソロは、なんとものどかな雰囲気を醸し出していますが、曲が進んでいくと次第にそれは切迫の様相を呈してきます。この楽章のシベリウスのオーケストレーションはとことん奇妙、4つの声部に分かれたヴァイオリンはそれぞれが全く反対の方向を向いた音型を演奏するというハチャメチャさです。その間を縫って、他の楽器もとてもスリリングなアンサンブルに加わらなければなりません。先ほどのマルヤッタからのコンセプトでは、この部分は「受難」を表わしているのだとか、そう、ここは演奏者にとっても多くの受難が待っている部分なのです。しかし、やがて光は見えてきます。8分の6拍子の中からかすかに聴こえてくるヴィオラによる4拍子のフレーズは、「神への祈り」のテーマです。このテーマは、すでにホルンでも暗示されていたものですが、ここになってはっきりその形を表わします。そこからは、まさに「復活」の喜びが、オーケストラ全体で歌い上げられるのです。

シューマン:交響曲第2番ハ長調
 ロベルト・シューマンは、交響曲を「4曲」作ったとされています。ただ、今までこの演奏会で演奏してきたメンデルスゾーンやシューベルト同様、それは額面通りに受け止めることはできません。まず、1841年に作られた「第1番」の前にも、1832年に着手したものの、結局第2楽章までのオーケストレーションが済んだところで力尽きてしまった幻の交響曲(当時住んでいた地名に由来する「ツヴィカウ交響曲」という名前で呼ばれ、何種類かの録音もあります)が存在しています。そして、「第1番」と、今回取り上げた「第2番」との間にも、もう一つの交響曲を完成させています。それは、「第1番」と同じ年(この1841年は、シューマンの「交響曲の年」と呼ばれています)に完成されていますが、出版には至っていません。それは、10年後に改訂され、そののち出版されて「交響曲第4番」と呼ばれることになります。現在では、改訂前の「初稿」も出版されていますし、実際の演奏もかなりの頻度で行われていますから、初稿と改訂稿を別の作品とみなせば、シューマンの交響曲は全部で「6曲」あることになるのです。
 前回の演奏会で取り上げたシューベルトの「交響曲第8番」を発見したのがシューマンその人だということは良く知られています。その曲を知ったことが、彼が交響曲を作るきっかけになったとも言われており、そこで生まれたのが「1番」と「4番(初稿)」だったわけですが、それから数年経って、彼は再度そのシューベルトのハ長調の交響曲、「第8番」を聴く機会がありました。その直後、彼はメンデルスゾーンに「このところ、私の頭の中では、ハ長調のトランペットが鳴っています。ここから何かが起こるか、私にもわかりません」と語っていたそうで、この体験が、彼の新たな交響曲の作曲への意欲を駆り立てたのでしょう。

第1楽章:序奏では、ゆったりと波打つような弦楽器をバックに、先ほどのトランペットを含む金管楽器が、まさにハ長調のファンファーレを荘厳に吹き鳴らします。次第にテンポが速くなるにつれて聴こえてくるのが、付点音符の軽快なモティーフ、やがて音楽は高速にギアチェンジしてそのモティーフがメインとなった主部に突入します。時折聴こえてくる緩やかに流れるようなテーマが、この楽章の隠し味。

第2楽章:ファースト・ヴァイオリンが常に細かい音符を刻んでいるという印象が強い、スケルツォの楽章です。その間に、三連符に支配された軽快な第1トリオと、しっとりと歌い上げる第2トリオが挟まります。この第2トリオの美しさは、この交響曲の白眉でしょう。最後のコーダでは、ファースト・ヴァイオリンはさらに大活躍、1990年にレナード・バーンスタインによって創設された「パシフィック・ミュージック・フェスティヴァル」でこの曲を取り上げた巨匠は、この部分でファースト・ヴァイオリン全員を立ち上がらせ、暗譜で演奏することを要求していましたね。

第3楽章:シューマンは、この曲に取り掛かる前の年を自ら「フーガの年」と呼んでいるように、そこでバッハなどの対位法を研究しています。その影響でしょうか、この楽章のメイン・テーマはバッハの「音楽の捧げもの」のトリオ・ソナタのテーマに酷似しています。とても穏やかなこの楽章は、続く第4楽章の喧騒の前の小休止。

第4楽章:大袈裟な幕開けの上向スケールに続いて、メンデルスゾーンの「交響曲第4番(イタリア)」のテーマが高らかに鳴り響くのには、驚かれる方もいらっしゃるかもしれません。これはそんなイケイケの楽章です。ただ、その後に軽やかな木管の三連符に乗ってヴァイオリンが急速に上昇と下降を繰り返す流れるようなテーマの中に、先ほどの第3楽章のテーマが潜んでいるのを見逃すわけにはいきません。エンディングに向かってさらに高揚してくると、ベートーヴェンの歌曲からの引用と言われているコラール風のテーマも絡み合って、神々しさまでも加わり、壮大なクライマックスを迎えるのです。

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by jurassic_oyaji | 2016-08-05 23:17 | 禁断 | Comments(0)