おやぢの部屋2
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DURUFLÉ/Requiem
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Patricia Bardon(MS), Ashley Riches(Bar)
Tom Etheridge, Richard Gowers(Org)
Sstephen Cleobury/
The Choir of King's College, Cambridge
Orchestra of the Age of Enlightenment
CHOIR OF KING'S COLLEGE/KGS0016(hybrid SACD)




まさに、デュリュフレの没後30年にあたる、2016年の1月に録音された、「レクイエム」と、その他の合唱曲を集めたアルバムです。
今回のアルバムでの「売り」は、「ピリオド楽器による録音」だったのではないでしょうか。これは「世界初」の試みです。最近では例えばストラヴィンスキーなどの20世紀の作品までもその時代の楽器で演奏されることがありますから、いつかはこういうものが出てくるとは思っていました。確かにストラヴィンスキー同様、この「レクイエム」が作られた1940年代のオーケストラでは、現在とはかなり異なる楽器が使われていました。それが、第二次世界大戦を境にしてオーケストラの楽器は大幅に変わってしまっていたのです。弦楽器では、それまではガット弦を使った楽器だったものが、このあたりから徐々にスチール弦の楽器に変わります。そして、特にフランスのオーケストラに関して顕著だったことが、管楽器の変更です。つまり、戦前までは国ごとにオーケストラで使われる管楽器は細かいところで異なっていたものが、次第に全世界共通のものに変わっていったのです。例えば、木管パートの最低音を担う「ファゴット」という楽器は、フランスでは奏法も音色も全く異なる「バッソン」という楽器が使われていました。おそらく、初演当時のフランスのオーケストラでは、間違いなくこの「バッソン」が使われていたことでしょう。ですから、この初演の時の形で今回ピリオド楽器による録音が行われたのであれば、これは非常に画期的な試みということになります。
ところが、ここで使われているのは、1961年になって作曲家が改訂したオルガンと小オーケストラのためのバージョン(第3稿)だったのですよ。この頃になると、世界中のオーケストラの楽器は現在のものとほとんど変わらないものに変わってしまっています。フランスでは「バッソン」がまだ使われていたオーケストラもありましたが、この編成では木管楽器のパートは全てオルガンに置き換わっているのですから、何の意味もありません。つまり、この第3稿を使う限りは、ピリオド楽器を使ったとしてもそこからは「演奏された当時の様子を再現する」という意味は全く存在しなくなっているのです。
クロウベリーとキングズ・カレッジ合唱団は、「レクイエム」を1988年にもEMIに録音していて、その時も同じ第3稿を使っていましたから、彼らにしてはそれがベスト・チョイスなのでしょう。ただ、今回弦楽器にピリオド楽器(ガット弦でモダンピッチ)が使われていることで、このバージョンの欠陥はさらにはっきり表れてきたような気がします。ハイレゾ録音のせいもあるのでしょうが、その弦楽器とオルガンとがあまり溶け合っていないのですね。やはり、せっかくエンライトゥンメント管弦楽団を使ったのですから、ここはオリジナルの第1稿で演奏してほしかったと、切に思います。
ただ、そのガット弦によって得られる独特の音色感は、作曲家が望んだものであるかどうか、という点ではかなり疑問が残るものの、そういう本来の「ピリオド」という意味ではなく、ある種「特殊な音色」を求めたのであれば、それはなかなかの効果を上げていたのではないでしょうか。「Pie Jesu」でのガット弦のチェロのソロは、今まで聴いたことのない独特の雰囲気を醸し出していましたし、トゥッティでのトレモロも、とれもろ(とても)やわらかい響きになっていました。
合唱は、前回の録音同様、成人とトレブルとの間の音色の違いがとても気になります。その成人男声が、かなりレベルが落ちているのも残念です。前回は楽譜通りバリトン・ソロが入っていた部分は、今回はパート・ソロになっていました。
もう一つ、せっかくオーケストラが入ったのですから、「クム・ユビロ」もオリジナルのオーケストラ版で録音してくれればよかったのに。

SACD Artwork © The Choir of King's College, Cambridge
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by jurassic_oyaji | 2016-10-06 21:20 | 現代音楽 | Comments(0)