おやぢの部屋2
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MOZART/Don Giovanni
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Dimitris Tiliakos(DG), Vito Priante(Leporello)
Myrtò Papatanasiu(DA), Kenneth Tarver(DO)
Karina Gauvin(DE), Mika Kare(Commendatore)
Guido Loconsolo(Masetto), Christina Gansch(Zerlina)
Teodor Currentzis/Musicaeterna
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今、最も過激な音楽を提供してくれているギリシャ出身の指揮者クレンツィスによる「ダ・ポンテ・ツィクルス」の完結編です。
彼のモーツァルトに対するスタンスは前2作と全く変わりません。使われている楽器はピリオド楽器ですが、中には実際にモーツァルトが使ったとは思えないようなものまで混じっているのは、なかなか楽しいものです。ただ、今回は今まで使っていた「ハーディ・ガーディ」に代って「ヴィオラ・ダ・ガンバ」が頑張っています。さらに、この作品では他の2作にはないトロンボーンがオーケストラに加わって、あの「石像」のシーンを盛り上げることになっていますが、そこではトロンボーンではなく、その前身の「サックバット」が使われているのですね。
例によって、早めのテンポ、レガートは殆ど存在しないクールな演奏で序曲が始まります。レポレッロから歌い始める劇的なイントロダクションに続いてドン・ジョヴァンニとレポレッロのレシタティーヴォ・セッコが始まったとたん、一瞬これはジンクシュピールだったのか、と思ってしまいました。その二人は、完全に「セリフ」として言葉をしゃべっていたのですからね。しばらくすると普通のセッコに変わりますが、それでも低音の即興性には目を見張らさずにはいられません。フォルテピアノは縦横に自由なフレーズを繰り広げていますし、そこにリュートなども加わってそれだけでもうおなかがいっぱいになってしまうほどですよ。
アリアになると、今度は繰り返しでの装飾が常に行われていて、聴きなれたメロディがさらに面白く聴けるようになっていました。その装飾、おそらくそれぞれの歌手の裁量に任されていたのでしょう、もう自分こそはここで目立ってやるのだ、という意気込みがストレートに伝わってくるほどに気合が感じられます。面白かったのは、ドン・オッターヴィオが、高音のロングトーンでトリルを入れていたこと。楽器ではよく使われる技ですが、それを歌で使うのはかなりの難易度でしょうに、そこまでやるか、という感じです。
もちろん、オーケストラも負けてはいません。ところどころに楽譜には無いフレーズが出てきてびっくりします。ドン・ジョヴァンニのカンツォネッタ(いわゆる「セレナーデ」)では、なんとオブリガートのマンドリン(リュートで演奏?)が2本使われてハモってますよ。さらに、本来楽譜にあったのに今まで全く気付かなかった隠れたパートの動きなども、見事に聴こえてきます。トゥッティのヴァイオリンが、こんな技巧的なことをやっていたなんて、と気づかされたところは数知れず。
歌手の顔触れは、まずドン・オッターヴィオがケネス・ターヴァーだったのには感激です。おそらくこの人は現在では世界最高のモーツァルト・テノールなのではないでしょうか。先ほどのトリルなども完璧にこなしていますし、なんと言ってもその透明な声がとことん魅力的です。
あとは、こちらで「マタイ」を歌っていたカリーナ・ゴーヴァンのドンナ・エルヴィラが素敵でした。エルヴィラというのはほとんどストーカーと化したある種の危なさを持ったキャストですが、彼女はその危なさ、というか、狂気を見事に体現していたのではないでしょうか。
他のキャストも粒ぞろい、それぞれが与えられたキャラクターを存分に表現してくれています。ツェルリーナのクリスティーナ・ガンシュが歌う「Là ci darem la mano」では、男の甘い言葉にメロメロになっている様子が手に取るように分かります。そして、それはドン・ジョヴァンニのディミトリス・ティリアコスの口説き方があまりにも素晴らしいからなのです。
ここでは、モーツァルトとダ・ポンテが作り上げたブッファ(諧謔)の世界が見事に眼前に広がります。こんな楽しいことを、せっかくですから「魔笛」あたりでもぜひ聴かせてほしいものです。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
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by jurassic_oyaji | 2016-12-01 21:35 | オペラ | Comments(0)