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山本直純と小澤征爾
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柴田克彦著
朝日新聞出版刊(朝日新書632)
ISBN978-4-02-273732-8


まずは、このインパクト満載の帯をご覧ください。
「この二人がいなければ、日本にクラシックは存在しなかった。」ですって。もちろん、編集者が作ったコピーでしょうが、このなんとも浅はかでぞんざいな文章には怒りさえ覚えます。確かに、この二人がいたから「クラシックの大衆化」が進んだことは間違いないのでしょうが、別に彼らがいなくても「クラシック」そのものはしっかり「存在」していたのですからね。
気を取り直して、こんなコピーに著者自身は全く関与していなかったと思いつつ、本文を読むことにしましょうか。これは、基本的に過去に公にされた資料を元にこの二人の経歴を詳細に語る、という安直なものなのですが、小澤と同時代に別のジャンルで活躍した直純の「知られざる」業績を明らかにしたい、という著者の思いだけは強烈に伝わってきます。確かに、かつては一世を風靡したこの音楽家は、おそらく今では「クラシックの指揮者」としてまっとうに認識されてはいないでしょうから、そのあたりをしっかり分かって欲しい、という著者の熱意はこの本のあちこちで見ることが出来ます。それと同時に、作曲家としての彼の業績も、正当に評価して欲しい、という願いも。
しかし、客観的に見て、直純の作曲家としての業績をここまで持ち上げるのはちょっと理解できません。彼の「代表作」である「寅さん」のサウンドトラックなどは、今聴いてみると明らかにやっつけ仕事という気がしますからね。音楽にオリジナリティを感じることはできませんし、何よりセンスがあまりにダサすぎます。
さらに、シリアスな音楽として例に挙げられている、国連で演奏されたという「天・地・人」(直純は「人」のパートを作曲)に対しての、武満徹のコメントを引用すれば、そのクオリティの低さは明らかでしょう。もちろん、本書でそれが紹介されるわけもありませんが、武満は「こんな劣悪な曲を嬉々として指揮をした小澤と一緒に仕事をしていたことを悔いている」といったような意味のことを語っていたのですよ。これを見た時には「ついに武満は小澤と決裂したのか」と思ったので、こういうコメントがあったことは間違いないのですが、今では彼の著作の中にはおそらく見ることはできないでしょうね。
ですから、直純に関しては「最後の5年は、徐々に仕事が減っていった」という最晩年の悲哀に満ちた様子の方が、とても心に響きます。仕事仲間は必ず飲みに誘うというような前時代的なやり方が、時代の変化とともに仲間が彼の元から離れていった要因だったのだそうですね。
小澤に関しては、直純とは対照的に「努力して世界の頂点に立った」というスタンスは最後まで変えてはいません。メシアンのオペラの初演が失敗だったことや、ウィーン国立歌劇場での不評ぶりなどは、決して取り上げられることはありませんし、「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」が「セイジ・オザワ松本フェスティバル」と名称が変わったことに言及されることもありません。
最も興味深く読めたのは、この二人が関与した「オーケストラがやって来た」というテレビ番組が始まった経緯とか、それに先立つ新日フィルの創設などの「裏事情」について語られた部分です。その前には日本フィルの分裂という事件が起こっているわけですが、そのあたりの時間的な経過を見ていると、新日フィルを作り、それを使ったレギュラー番組をスタートさせるという考えは、この二人の中ではかなり早い段階からあったのでは、と、著者は述べていますからね。
それにしても、「日本全国にオーケストラがやって来てコンサートを開く」という企画の発端は、スポンサーである電電公社(現NTT)の値上げの根回しだったとは。当時は全国一律ではなく、地域ごとの値上げを行っていたので、そのスケジュールに沿ってこの無料コンサートを行っていたんですって。

Book Artwork © Asahi Shimbun Publications Inc.

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by jurassic_oyaji | 2017-09-16 20:27 | 禁断 | Comments(0)