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Penderecki Conducts Penderecki Vol.2/Choral Music
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Krzysztof Penderecki/
Warsaw Philharmonic Choir(by Henryk Wojnarowski)
Warsaw Boy's Choir(by Krzyszkof Kusiel-Morez)
WARNER/01902 9 58195 5 2


WARNERからのペンデレツキ自作自演集の第2集は、なんと全て無伴奏の合唱曲の2枚組でした。おそらく、これは彼がこのジャンルで作ったすべてのものなのでしょう。その作曲年代は彼の生涯のすべてに渡っていて、1958年から2015年までという長大なスパンに及んでいます。それは、殆どが宗教的な作品で、単独のミサ曲やモテットの他に、オーケストラを伴う受難曲などのオラトリオの中で、合唱だけによって歌われていたパーツも含まれています。例えば、1965年に完成された「ルカ受難曲」からは、それ以前に単独で作られていた「Stabat Mater」を始めとした4曲の無伴奏合唱曲が歌われています。
ペンデレツキは、その作曲家としての経歴の中で、大きな技法上の変化を遂げたとされています。なんせ、彼自身が、その作風の変換点を明確に語っているのですからね。つまり、1973年に作った「交響曲第1番」をもって、それまでの「アヴァン・ギャルド」のスタイルを完全に封印した、と。
ですから、この、彼の合唱音楽の集大成となるこのアルバムを聴く時には、その半世紀以上のすべての作品に対峙することによって、そのようなスタイルの変化(「変節」とも言う)を、このジャンルでも実際に感じることができるのではないか、という期待が生まれるのは当然のことです。
ところが、そんな期待は見事に裏切られてしまいました。どの作品を聴いても、全く変わらない穏やかなテイストしか感じられないのですよ。
たとえば、最初のトラックに入っている、彼の最もよく知られた合唱曲、1962年に作られた「Stabat Mater」こそは、「アヴァン・ギャルド」として知られていた作品だったはずです。調性もハーモニーも存在しないまさに混沌とした不条理な風景が続く中で、最後にニ長調という紛れもない「古典的」なハーモニーで終止するというあたりに、ほとんどニヒリズムのようなものを感じてしまう、というのが、これまで抱いていた印象でした。
ところが、このCDから聴こえてきたものは、すべてがとても美しくまとめられて、何の不安感や恐怖感も抱くことのない、いたってのどかな音楽だったのです。冒頭のテーマは、まさにプレーン・チャントそのものです。途中で現れるシュプレッヒ・ゲザンクもクラスターも、単にその時代の流行の技法をつまみ食いしただけで、曲全体に軽いアクセントを与えるものとしか思えません。したがって、最後の長三和音は当然の帰結として何の疑問もなく受け入れられてしまいます。
そんなはずはない、と、初演直後の1966年に録音されたヘンリク・チシの指揮による歴史的な演奏を聴き直してみると、そこからは確かに致死量の毒が含まれた「アヴァン・ギャルド」が聴こえてきました。しかし、おそらく今聴いたばかりの自作自演が楽譜に忠実な演奏であったものだと信じると、それは本来単純だった譜面をあまりにもデフォルメしてしまったもののようにも聴こえます。作曲家の演奏は、言ってみれば昨今流行の「原典版」の思想、あくまで元の楽譜に忠実な演奏を目指したものなのでしょう。そこからは「あの曲は、『アヴァン・ギャルド』なんかじゃないんだよ」という作曲者の言葉が聴こえてはこないでしょうか。そういえば、最近の演奏家、例えばアントニ・ヴィットあたりは、とっくにそんなことは気が付いていたようですね。
そして、最後の最後、2枚目のCDの最後のトラックに入っていたのは、1963年に作られた「古い様式による3つの小品」の1曲目、「アリア」でした。オリジナルは弦楽合奏の曲ですね。それを合唱にヴォカリーズで歌わせたというものですが、これはもろチマローザの「オーボエ協奏曲」と言われている作品のパクリです。こんなものまで「全集」の中に入れて保存しておこうという作曲家の意思は、きっちりと受け止めるべきでしょう。ペンデレツキは、彼の生涯で「アヴァン・ギャルド」だったことなど、一度もなかったのです。

CD Artwork © Warner Music Poland

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by jurassic_oyaji | 2017-10-10 20:53 | 合唱 | Comments(0)