おやぢの部屋2
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WOOD/Requiem
WOOD/Requiem_c0039487_20201126.jpg


Rebecca Bottone(Sop), Clare McCaldin(Alt)
Ed Lyon(Ten), Nicholas Garrett(Bas)
Paul Brough/
L'inviti Sinfonia & L'invini Singers
ORCHID/ORC 100068


2012年に初演と同時に録音された、新しい「レクイエム」です。正確には2012年12月12日というゾロ目の日に録音セッションがもたれ、その日の夕方に同じ場所でお客さんの前で初めてのコンサートが行われました。
この曲を作ったのは、1945年生まれのクリストファー・ウッドというイギリスの「作曲家」です。いや、この方は決してプロフェッショナルな作曲家ではありません。「本職」は腕のいい外科医、さらには癌の新薬を開発する製薬会社の社員として、世の中のため働いている人なのです。
そんな人が2002年に仕事でアメリカに行った時にテレビで報道されていたエリザベス王太后の崩御を伝えるニュースを見て、何千人という人たちが悲しみにくれている情景に心を打たれ、こういう時に歌うものとして自らの手で「レクイエム」を作ろうと思い立ったのです。
それはあくまで彼自身が満たされるための作業でしたから、いつまでに作り上げる、といったような期限もありません。一日の仕事が終わった夜中にピアノに向かって心から湧き出てきたメロディを奏でて楽譜に書き起こすという時間は、まさに至福の時だったのでしょう。結局、彼は8年かかって「レクイエム」の全てのテキストにメロディをつけ終わりました。
もちろん、そんなものは世間に公表するつもりはさらさらなく、単に作曲上の誤りを指摘してもらってこれをさらに良いものに仕上げるために、知り合った音楽コーディネーターのデイヴィッド・ゲストという人にこの楽譜を見せました。ゲストは、自分で「こうでないといけないよ」というような助言はせず、彼に作曲家でオーケストレーションの仕事をしているジョナサン・ラスボーンという人を紹介してくれました。ところが、ラスボーンはこの楽譜を見るなり、いきなりオーケストレーションのプランを語り始めたのです。彼はこのメロディの中に、しっかりとした可能性を見出したのですね。
それから2年かかって、オーケストレーションは完成しました。ここでゲストが実際のレコーディングを仕切りはじめます。BBCシンガーズの首席客演指揮者のポール・ブローを指揮者に招き、この曲を録音するだけのために、イギリス国内からオーケストラと合唱団のメンバーを集めてしまったのです。
全曲を演奏すると1時間ほどかかるこの「ウッド・レクイエム」は、通常の典礼文のテキストをもれなく使って、全部で10の曲によって構成されていました。混声合唱に4人のソリストと、フル編成のオーケストラが加わります。
何よりも魅力的なのが、その、1度聴いただけで心の底に響いてくる豊かなメロディです。それを彩るハーモニーも、まさに古典的、5度圏や平行調の範囲を超えることはまずない、予定調和の響きが続きます。唯一、「Sanctus」と「Libera me」で出現するのがエンハーモニック転調ですが、それはフォーレのレクイエムの中で印象的に聴こえるものですから、おそらく作曲者はそのあたりを参考にしていたのでしょう。
全体の印象は、もちろんそのフォーレの雰囲気もありますが、ジョン・ラッターの作品にもとても似通ったセンスを感じることが出来ます。何よりも、そのオーケストレーションの甘美なこと。時折金管楽器のファンファーレで華やかになるところもありますが、基本のサウンドはハープと弦楽器が織りなす繊細なサウンドです。さらに、そんなオーケストラや合唱をシルキーにまとめた録音も手伝って、そこにはまさに天上の音楽が鳴り響きます。
ただ一つの欠点は、普通の「レクイエム」ではちょっとありえないほどのスペクタクルなサウンドで盛り上がって終わるというエンディングです。ただ、ウッドはしっとりと消え入るように終わるエンディングも考えていたのですが、その両方を彼の妻に聴かせたところ、即座に「賑やかな方!」という答えが返ってきたので、この形になったのだそうです。
その時、コンスタンツェやアルマと並ぶ「悪妻」が誕生しました。

CD Artwork © Orchid Music Limited

by jurassic_oyaji | 2017-11-02 20:22 | 合唱 | Comments(0)