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HÄSSLER/360 Preludes in All Major and Minor Keys
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Vitraus von Horn(Pf)
GRAND PIANO/GP686-87


タイトルが「すべての長調と短調のための360の前奏曲」ですよ。のけぞりますね。バッハの「平均律」という曲集が、やはり「すべての長調と短調のための前奏曲とフーガ」でしたよね。長調も短調も12ずつ存在しますから、全部で24曲、バッハはそれを2セット作りましたからそれでも48曲に「しか」なりませんよ。いったいどうやったら「360曲」も作れるのでしょう。
バッハの場合は、鍵盤の順番にハ長調→ハ短調→嬰ハ長調→嬰ハ短調と並べていますが、このヘスラーさんの場合は、ハ長調→ハ短調の次は、その5度上(シャープが一つ増えます)のト長調→ト短調というように「5度圏」で進んでいます。そうすると、これは「円」で表わすことが出来るようになりますから、その円の一回りの角度である「360度」にちなんで360曲作ってしまおう、という発想ですね。ほとんど「しゃれ」ですが、あまり笑えん
ヨハン・ヴィルヘルム・ヘスラーという人は、1747年にドイツのエアフルトに生まれたオルガニスト兼作曲家です。バッハの最後の弟子の一人であったヨハン・クリスティアン・キッテルの弟子ですから、バッハの孫弟子になります。若いころはヨーロッパ中を渡り歩いていましたが、その後ロシアに永住し、1822年にモスクワで亡くなりました。
現在では作曲家としては全く忘れられた存在ですが、彼はモーツァルトのお蔭でかろうじて音楽史に足跡を残すことが出来ました。それは、モーツァルトが1789年にベルリンへ向かう途中で立ち寄ったドレスデンでのこと、モーツァルトはそこに滞在していたヘスラーと、オルガンとピアノでの「弾き比べ」を行ったのです。その時の様子をモーツァルトはコンスタンツェに宛てた手紙の中で「彼は古いセバスチャン・バッハの和声と転調をおぼえているだけで、フーガを正しく演奏することはできない」とか「ぼくが、ヘッスラーにピアノをきかすことになった。ヘッスラーもひいた。ピアノではアウエルンハンマーだって、これと同じ位よくひく」(吉田秀和訳)とか、ぼろくそに書いています。
モーツァルトにしてみればそんな残念なヘスラーでしたが、彼はモスクワ時代にはなにか生まれ変わったようになって、それまでに作っていた作品に新たに「Op.1」から作品番号を付けて書き直したりしています。このアルバムにカップリングされている「Op.26」の「Grande Sonate」などは、ほとんどベートーヴェンの初期のピアノソナタのような高みに達しているのではないでしょうか。
この「360の前奏曲」は、それより後、彼の晩年の1817年にOp.47として出版されています。CDでは1枚半に収録されていますが、トラック数は24しかありません。つまり、一つの調の中にはそれぞれ15曲が入っているのです。24×15=360ですね。ところが、それぞれのトラックの演奏時間は4分とか5分といったとても短いものでした。ですから、前奏曲「1曲」はほんの10秒か20秒ほどで終わってしまうのですね。これはもうワンフレーズを演奏しただけのものですから、言ってみれば究極の「ミニマル・ミュージック」ではないですか。この世にそういう名前の音楽が生まれる1世紀半も前に、こんなことをやっていた人がいたんですね。
とはいっても、いくら短くても、それぞれが全く異なる「360個」のフレーズを作るなんて、ある意味ものすごい作業ですね。ただ、ヘスラーさんは意気込んで作り始めたものの、すでに「ト長調」のあたりではかなり投げやりな作り方になっているようですね。無理もありません。全体的に、長調よりも短調の方が楽想が豊かなのは、ロシア風の素材が使えたからでしょうか。
そして、何とか24トラック目の「ヘ短調」にたどり着くと、最後の気力を振り絞って、10分3秒という最長のトラックを作り上げました。その中の5曲目などは、なんと1分48秒「も」ありますよ。なんたって、一番短い前奏曲は3秒で終わってしまいますから、これは「大曲」です。

CD Artwork © HNH Intrnational Ltd.

by jurassic_oyaji | 2017-12-09 22:36 | ピアノ | Comments(0)