おやぢの部屋2
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BEETHOVEN/Symphonies 1&2




Giovanni Antonini/
Kammerorchester Basel
OEHMS/OC 605(hybrid SACD)



ベートーヴェンの交響曲といえば、かつては極めて崇高な音楽として捉えられていたものでした。この9つの曲を演奏する前には、数週間滝に打たれて精神を清め、身も心も浄化されたところで、初めて音を出すことが許される、というのが冗談に聞こえないほどの厳しさが要求されていたのです。9番目の曲などは、冬場に演奏されることが多いわけですから、体が震えるほどの思いでしょうね(「寒気の歌」)。
最近になって、このベートーヴェンの交響曲を取り巻く状況は劇的な変化を遂げました。その引き金は、オリジナル楽器(最近、さる「古楽」の専門家が書いた本を読んでいたら、「本当は『オリジナル楽器』と呼びたいのだが、紙面の都合で『古楽』と書かせてもらう」という一節がありました。いい加減、『古楽』とか『古楽器』といった言い方、やめませんか)による演奏の隆盛と、「原典版」の刊行です。この2つの出来事が表裏一体となって、今まで一つの「型」として崇められていたベートーヴェン像は跡形もなく崩れ去り、作曲家が作品に込めた通りのメッセージを、演奏家が自身の感受性を通して聴衆に届けるという、真の音楽のあり方が許されるようになったのです。
そんな状況の最も新しい成果が、この、「イル・ジャルディーノ・アルモニコ」という、極めて挑戦的な音楽を仕掛けることで知られているグループのリーダー、アントニーニが指揮した1、2番で聴くことが出来ます。演奏しているバーゼル室内管弦楽団は、バロックなどではオリジナル楽器を使うことがあるそうですが、ここでは基本的にモダン楽器(ピッチもモダン・ピッチです)が使われています。もちろん、可能な限りの「ピリオド・アプローチ」は施されています。モダン楽器ならではの木管の滑らかな響きは、ガット弦による弦楽器と見事に溶け合い、とても爽やかな印象を与えてくれます。そこに、ちょっと粗野な金管とティンパニが加わることによって、音色に格段の変化がもたらされるという、異質なものの併存である「オリジナル」的な処理が、見事に効果を発揮しています。
一方、「原典版」を用いた成果が殆どショッキングなほど現れているのが、1番の第3楽章、スケルツォの11小節目です。

 従来版

 原典版

従来版(上)と、原典版(下)を比べてみて下さい。従来版では2拍目からfの指示ですが、原典版では1拍目からすでにfになっています。この違いは、このCDのようにきちんと楽譜通りに演奏されたものを聴いてみると、はっきり分かるはずです。リズム感が全く異なって、まるで別の音楽になっていることに気づくことでしょう。今まで聴いてきたものはいったい何だったのか、もしかしたら、「まさにこれこそが、ベートーヴェンが伝えたかったものなんだ!」と叫んでしまう人もいるかもしれないほどの衝撃です。というのも、今までに出ていた「原典版」による演奏で、ここまで徹底して楽譜の指示に従っていたものは殆どなかったからなのです。あのノリントンなどは、「ベーレンライター版」(譜例はヘンレ版ですが、中身は同じです)と謳っているにもかかわらず、この部分は従来版の指示で演奏しているのですから。
そんな、斬新な気迫は認めつつも、この「1番」に関しては、急にpにしたものを、徐々にふくらませてfまで持っていくというように、まるで、あのアーノンクールのように表情の付け方に一本調子なところがあって、音楽的な習熟度がいまひとつな感は否めませんでした。ところが、それから半年後に録音された「2番」では、その変な「クセ」は見事になくなり、とても心地よい自然なフレージングが出来るようになっているのですから、ちょっと驚いてしまいます。ですから、この「2番」は、とても完成度の高い、素晴らしい演奏に仕上がっています。第2楽章の柔らかい弦楽器の響きも、先ほどのノリントンの金科玉条である「ノンビブラート」からは決して生まれ得ない、豊かなものでした。ピリオド・アプローチの第1世代であるアーノンクール、第2世代であるノリントンを超えたところで、第3世代のアントニーニが花を開きかけている、と言ったら、褒めすぎでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2005-11-21 20:35 | オーケストラ | Comments(1)
Commented by Sonnenfleck at 2006-01-31 00:08
jurassic_oyajiさんはじめまして。TBありがとうございました。

ご指摘の第1番のスケルツォ11小節目、気になって確かめてみましたが、Vnとその他の楽器(特にFg)の間でfのタイミングがずれることで面白いことになっていますね!
古典派の作品ではオリジナル楽器の理論をモダンで取り入れるのが今やスタンダードのひとつになっているようですが、この録音にはその上澄みといいますか、もっとも良質の部分が結実していることは間違いないと思います。このコンビの次回の録音も楽しみですね。

今後ともよろしくお願いいたします。